Integrityと資本配分と高ROCからの再投資

先日のBerkshire Hathaway Inc. Annual Shareholder Meeting出席に関してもう少し話を続ける。著者はOmahaへの渡航時には Value Investor Conference (VIC) 及び併催されるSummitに出席している。昨年はPhilanthropy Summit, 今年はCorporate Values Summitが開催された。VIC本会議が投資手法や経済環境そのものについて議論することが多いのに対して、Summitは投資における価値観 (values) を議論する。技術者の人たちには価値観を議論するカンファレンスというのは馴染みが薄いかもしれない。しかし実は技術よりも価値観と哲学こそが不確実性の高い時代を生きていくにあたって最も大事なものだと、著者は自信を持って伝えたい。本稿では価値観が投資基準にどう影響し、そしてビジネス上の意思決定にどうつながるのかについて議題を提供したい。

Robert P. Milesへの感謝

VICに加えて、2017年の著者はGenius of Warren Buffett  (GOB)というバリュー投資家のためのExecutive MBAのクラスに出席した。VIC, GOB共にインストラクターの Bob Miles (Robert P. Miles) が作り上げてきたプログラムである。

彼と話していると、そしてプログラムに出席していると、Bobのintegrityの高さが伝わってくる。WarrenやCharlieのvaluesがそのまま彼にも共有されていることがよくわかる。VICやGOBの講師はBobによって本当に注意深く選定されており、講演者と受講者のいずれからも信頼されている。米国では彼は著名人なので宣伝目的で近づいてくるファンドマネジャーが大量にいるのだが、彼はそういった人々を避け、正しい価値観の元で投資が続けられるように受講生や出席者を助けてくれる。

Bobは作家として認知されていて、彼の著者の一部は日本語にも翻訳されている。The Warren Buffett CEOの邦訳を紹介しておくが、Warren Buffet Wealthもお勧めである。

最高経営責任者バフェット~あなたも「世界最高のボス」になれる (ウィザードブックシリーズ)

Warren Buffett Wealth: Principles and Practical Methods Used by the World’s Greatest Investor

著者はGOBコースの日本人修了生第1号だそうであるが、第2号以降が読者の中から現れることを願っている。たった3日間の受講で、日本の国立大学授業料の半年分くらいの費用がかかってしまうのだが、この講座で身につけた倫理観と規律はこの後の人生においてずっとあなたを助けてくれると思う。リターンを追求する投資だけではなく、投資による資本配分がリアルのビジネスにどう影響するのか、なぜintegrityがmatterするのかがよく分かるのだ。

ここではGOBおよびVICに来てくれた講演者の中で特に印象的だった2人をピックアップしたい。1人目はNebraska Furniture Mart (NFM)の前CEOであるBob Battである。2人目はInvesting Between the Linesを出版したL.J. Rittenhouseである。彼ら以外にもWarrenの長女であるSusie BuffettやNational Indemnity Company (Berkshire傘下で大変な利益をあげている保険会社である)のCEOであるDonald F. Wursterといった豪華スピーカーと身近に話すことができて大変貴重な時間であった。

Integrityと再投資との関係

Bob Battは慎重さとリテール・ビジネスにおけるあらゆる知見、そして何より次世代に対する思いやりを持った、尊敬できる老人の代表みたいな人である。バフェットの専門をCapital AllocationからRetail Businessに変えると全てそのまま彼になるかのようだった。彼はcandorのある人物で、オンラインのe-コマースや消費にお金を使わないミレニアル世代など、自分たちのビジネスに現在吹いている逆風についても率直に語った。NFMはMrs. Bとして知られるRose Blumkinが創業した。Bobは彼の家系がMinsk (今はベラルーシ、当時はロシア)からどうアメリカに渡って来たのか話してくれた。

NFMは巨大な一店舗にあらゆる家具とアプライアンスが置いてあるblock and mortal storeである。実際のところAshley (たまたまであるが著者の自宅の近所に日本支店があって知っている) など質の高い家具がかなり安く買えるので、インテリア好きの人はアメリカ中西部に行くチャンスがあったらぜひ訪問してみることをお勧めする。Bob自身はNFMからは引退して今は子供たちを助ける慈善事業に全力を注いでいる。リテール・ビジネスにおけるインサイトは慈善事業の経営や政府の運営など公益の追及にもとても役立つそうだ。

NFMや同じくBerkshire傘下で宝飾品の販売を手がけているBorsheimsなどは、他のリテールビジネスとは異なった性質を持っている。店舗数がものすごく少なくて基本的にはsingle-storeで全てを提供するのだ(注: NFMは全米で4つしか店舗がなく、そのいずれも巨大である)。多くのbrick & mortal retail businessでは、小さな店舗をたくさん建設するfranchiseの形式を取る。NFMやBorsheimsは逆である。しかし、たった1店舗にものすごい在庫があってなかなか買い物が楽しく、しかも価格も競合より安い。日本で言うと、東急ハンズが定価販売ではなく量販店と同じ値段で売っているようなイメージだろうか。

このsingle-store policyはWarren Buffettの注意深いcapital allocation能力によってもたらされたものである。彼は合計売上高を増やすのではなく利益率を増やすことを傘下企業に強く求めるそうだ。もし店舗数の増大がコストの増大か顧客の低価格志向によるマージン低下につながるようであれば、Warrenは傘下CEOたちにむしろビジネスの拡大を避けさせるのである。

NFMでは比較的安いNebraska州での流通コストや人件費を武器に低コスト優位性を維持している。販売価格も安いがコストがそれよりさらに安く高い利益率が維持される。他者がこれを真似ようとしても同レベルの低コストが実現できないので、高価格販売して顧客からそっぽを向かれるか無理して値下げして破綻するかのいずれかになる(日本の量販店は後者の道に向かっている印象がある)。Bobは”We are conservative.”と率直に語っていた。政治の世界でのconservativeは色々議論があるが、このビジネスに関するconservativeは著者には心地よく聞こえた。低コストを武器にするのはAmazonのe-Commerce部門も同様だろう。自称高付加価値ビジネスは競合が参入するとあっさりと値下げの妥協を強いられるが、流通網の強さによる低コスト優位性は競合が真似できないのである。Amazonの場合は直近の利益率を犠牲にして世界中で低コスト状態を実現するべく拡大を続けているが、NFMは高利益率を維持する代わりにNebraskaから外に出ないのである。そして全米中から消費者をOmahaに連れてくる

Growthとかbig businessといった言葉に踊らされている人にはNFMのpolicyは奇妙に映るかもしれない。しかし資本の効率性を最大化する観点からはこのアプローチが正しいのであり、しかもこのやり方だと雇用を最大限守ることができる。どういうことだろうか。

Buffettは複数のビジネス領域に極めて通じた投資家である。彼は同じ1ドルを追加投資するならどこに投じたら良いのかが的確にわかる。NFMやBorsheimsの店舗をどこかの州にもう一つ作るのと、それとも傘下の保険会社の拡大に当てるのと、リターンがどちらが大きいのか判断できるのである。彼はdiminishing returnによって利益率がさちってしまったビジネス領域にお金を放り込む愚を犯さない。そしてNFMは店舗を増やさずとも、Omahaにとどまっている限り儲けた利益を翌年の運営のために再投資して、高い利益率を保ったまま安定的に売上も拡大することができる

テストステロンに心を支配された愚かな経営者は店舗を増やせばビジネスが短期間で飛躍的に増大して利益もうなぎ登りかもしれないと楽観サイドだけを考え、短期間で急激な拡大を狙うが失敗して多額の負債を背負う。従業員も急拡大して大量に雇ったと思ったら急に大量に解雇する(人の人生をなんだと思っているのだ)。NFMのやり方だと、circle of competenceを守ることで持続的雇用を提供できる。もちろん絶対的な雇用人数が大きく増えるわけではないが、やっと仕事が見つかったと思って働き始めたら急に解雇されて今までの時間はなんだったのだと、せっかく働きに来てくれる従業員を途方にくれさせるような事態を賢明にも避けているわけだ。実際、Berkshireではlay-offをしないことを大事にしているそうだ。昔のDempsterの件ではBuffettは誤りを犯したと考えているらしい。

そしてこのアプローチは投資としても非常に成功する。高い利益率を維持して再投資を続けることで、長い目で見ると複利によって資本が膨れ上がっていくのである。ある時+50%で増えたと思ったら翌年から+3%しか増えなくなってしまったなどというビジネスよりも、毎年+15%がコンスタントに続き際限なく増えていくようなビジネスの方が望ましい。グロース株などと呼ばれている銘柄の一部は前者のような一発あたり市場しか取れなかったりするし、一発狙いの短期思考の人は、利益の再投資によって膨れ上がる複利を過少評価する傾向がある。アインシュタインも人間が複利の効果に気づかないことについて言及しているようだ。ぜひ後者のビジネスを探してみて欲しい。

Integrityとデータ解析

実はバリュー投資家のコミュニティでは最近、quality of investmentsが成功の鍵だと言う意見が強くなっている。財務書評から読める定量的ファンダメンタルズも大事だが(これが分かるだけでロクでもない会社をお金を放り込む愚は避けることができる)、それ以上にCEOや会社の人格・価値観こそがリターンを決めるのだという見方だ。

L.J. Rittenhouseはcandorをshareholder letterやannual reportsのテキストから分析する方法を見出してきた。良いニュースだけでなく悪いニュースも率直に伝える正直さ・自分の誤り認める態度があるとか、株主への手紙で英作文に時間をかけて丁寧に最適な単語を選ぶような経営者のいる会社は成功確率が高いのである。経済と倫理との関係を大切にしている人にとっては朗報ではないか。この世界は技術者の人にとっても面白いかもしれない。彼女らのアプローチを参考に、自然言語処理を用いて株式のリターンを予測しても良いわけだ。著者も以下の書にサインをもらった。

Investing Between the Lines: How to Make Smarter Decisions By Decoding CEO Communications

Quality of investmentsの世界には心理学者も研究フィールドを広げている。昨年のVICにはFred Kielが以下の書の紹介も含めて来ていた。Rittenhouseに興味を持たれた方はFred Kielも合わせて追いかけると良いことがあるかもしれない。

Return on Character: The Real Reason Leaders and Their Companies Win

人力ピックとアルゴヘッジのハイブリッド

Berkshire Hathaway Inc.のAnnual Shareholder Meeting及び関連イベントに参加するためNebraska州のOmahaに来ている。今回が2回目の渡航である。関連イベントではバリュー投資に関する講座に出席している。このプログラムでは著名バリュー投資家もしくは彼らを追いかけている金融ジャーナリストによるフリートークと、財務諸表を眺めてvaluationをすぐ出すクイズとが交互に続く。

本題の前にこのプログラムで学ぶことになった面白いアプローチを一つ。難しい数式や計算機を必要とする関数を用いる代わりに、いくつかの近似式を半ば暗記的に頭に入れるのは役立つようだ。感覚としてある程度の見積もりがパッと出せるようになるのは面白い。例えば72をリターン[単位%]の値でわると資産が2倍になるのに要するおおよその年数が出てくる。このヒューリスティックはかなり強力で、複数年次の財務諸表を眺めたときに複利としてのearnings growthがどの程度の会社なのかといったことが計算機なしで分かってしまう。厳密な計算はExcelやRを使うものだし、著者も含む多くの人はそういった手順に慣れている。しかしパッと見た時に考慮する価値のある会社かそうでないか判断できるフィルター能力は、stock pickingの能力を鍛える上で貴重なものである。

  • なぜ72に対して割り算すればいいかは一次近似を理解すれば簡単にわかる
  • 百分率でのリターンをr [%], 2倍になるのに必要な期間をT [年] とする
  • T\log (1+r/100) = \log 2 を解けばいいのだが、通常リターンは100%よりずっと小さいことを用いると左辺は  T \times r/100 でほぼ置き換えられる
  • するとTr = 100\log 2 \simeq 69.3 という単純な関係が出てくる
  • 通常の複利を用いるか連続複利を用いるかといった所で違いがあるだろうが、i) 2次以降の項も考えると少し上乗せする必要がある点、 ii) 72が色々な数字の公倍数になっていて暗算しやすい点も考えると72というチョイスは悪くない

他の受講生には数理科学の専門家はあまり見かけなかったためか、著者が機械学習専門であることを知ると他分野への興味からそれをネタに話しかけて来る人もいた。Berkshireとブラジルの3G Capitalが共同買付をしているからなのか、参加者にはブラジルのヘッジファンドでEquity Research Analystをしている方が多かった。

機械学習研究でPh.D.を取得した著者であっても財務分析の世界にやってくれば完全な赤子である。しばしば感じることは、単純なテクニックすら演習ではうまく使いこなせない自分は他の受講者より愚かなのではないかという不安である。著者の場合は特に、自身の研究分野でなら英語での議論にも何も不便を感じて来なかったため、財務分析になると的確な質問が思い浮かばないのは二重に歯がゆいのである。相手にする世界が変わると、日本人にありがちな「留学したら無口になってしまった」症候群と同類になってしまうわけだ。

しかし目的は別に他の受講者よりも多く正解することではなく、自分の投資スタイルにプラスになるように学びをすることだ。何より、自分が外の世界では無力であることを知るのは非常に健全であり、それこそが知的にストレッチされる瞬間である。今回の講座の教授陣も皆lifelong learningという言葉を使っている。Lifelong learningは悪い人口動態のせいで何かと悲観主義に陥りがちな日本社会にこそ、もっとも求められているアプローチだと思う。

バリュー投資に関しては今まで何回かコメントしてきたので省略するが、機械学習的時系列予測の当たらなさ度合いに疲れ果てた著者がガイ・スピアの著書を読んだ時の福音がとても大きかったことは伝えておきたい。本書でいきなり信者になった訳ではなくて、本書に出てきたキーパーソンたちの軌跡を追い、かつバリュー投資の世界における多くの統計的検証結果をきちんとサーベイしてからバリュー投資を始めた次第である。

勘違いエリートが真のバリュー投資家になるまでの物語

正の期待値を探す

多くの個人投資家が無理なく、しかし現金を現金のまま溜め込むよりも長い目で見たらはるかに優れたリターンを生み出す投資戦略とは何だろうか。この問に対する答えを知るには、リターンに関する期待値がプラスである戦略がどれだけあるのか知らなければいけない。

日本に住んでいると、期待値が顕著なプラスであることを確信できる資産クラスが何なのかわからなくなってしまう。失われた20年の間に蓄積されたデフレマインドと、多くの日本企業で見受けられる慢性的に低いReturn on Capital (ROC)を見ると無理からぬ話である。低いROCが続く原因についてはいくつか仮説があるので、さらっと書いてみた。読まれた方は気づくかもしれないが、契約条項に書かれていない顧客の過剰な要求に付き合わされる長時間労働などの問題は、本質的には株主の力が弱いのが原因だと著者は考えているのである。

  • まず根本原因は日本企業のpricing powerがとても弱いことである。似たり寄ったりのプロダクトばかり作っているせいだが、製造業への依存性が高い日本の産業構造の問題も大きいと著者は考えている。不幸なことに、日本が得意な技術分野が相対的にEconomic moatを形成しにくい産業に偏っているわけである
    • Moatがない企業の簡単な特徴は2つある。1つ目は値上げする前に顧客が怒らないことをお祈りする。2つ目はInternetが直接的な脅威になっている
  • Pricing powerを考慮した投資エリアのシフトにはCEOの合理的な決断が必要であり、そのために最適な人材が雇われるべきだ。しかし株の持ち合いが続く日本企業では、業績を悪いまま放置するCEOがなかなかreplaceされない
  • 持ち合いではない企業であっても、政府や経営者がactivistを敵対視しているせいもあって、株主の力は構造的に弱いままである。経営者が入れ替わることをなかなか期待できない状況では、ROCの改善は期待できない
  • この構造的な弱さが持続することを仮定すると、ごく一部の例外をのぞいて、日本企業に長期投資しようと投資家は考えなくなるだろう。そういう状況で、残念なことに旧日本軍以来染みついている短期決戦思考が資産配分でも現れてしまうのである。長く待っても勝てる見込みがないなら、一回だけ多賭けして勝ったら勝ち逃げしてしまおう、といったところか。無責任なレバレッジをかけたFXトレードなどはその典型である。しかし単純な質問である: i) 負けたら(そしてそれは大負けだ)どうやって再起するのだ? ii) 長期では勝てないのになぜ短期でなら勝てると考える? 勝つ確率だけ考えてる?

失敗の本質

  • このトレード体質は別に日本固有のものではない。オンライン・ブローカーが普及した世界中で見受けられる。しかし例えば、日本の強みであるビデオゲーム産業で培われたマインドは、こと投資に関しては悪い方向に作用する。
    • 殆どのビデオゲームにおけるランダムネスはマイルドなものであり、人は何回か試行錯誤してプレイするだけでゴールまで比較的早くたどり着くことができる
    • しかし資産価格の時系列は極めて野蛮なランダムネスを伴っており、人間の本能的感覚 (カーネマン達の言う所のSystem 1, 早い思考)でプレイすることを繰り返しても最適解にたどり着くことはほとんどない
    • そして自分の直感は優れていると勘違いしている多くの人は、System 1から離れてSystem 2による遅い思考に切り替えることをいつまでたってもしないのである

ファスト&スロー (上)

しかし、期待値がプラスの戦略が見つからないという状況は世界的に見れば心配しなくて良い。2008年の金融危機以降成長率が鈍化したとは言っても、人口動態も大きく違うし世界的には成長している企業がまだまだたくさんある。この点ではなんだかんだで米国は王者である。

優れた米国企業を見つけて、その企業の株価が安い時に買い、buy & holdするという単純なアプローチは、長い目で見ればほとんどの個人投資家を満足させるリターンを提供してくれる。長いと言った時にだいたいこれは10年以上を指す。10年は企業のビジネスが始まって終わりを迎える一つのサイクルに近い期間だ。10年たって顕著なリターンがなければ、それは市場が愚かなのではなく、あなたの銘柄選定が間違っていたというべきだ。優れた企業を割安価格でbuy & holdするアプローチ全般がバリュー投資と呼ばれているが、その具体的方法論はまずは著名バリュー投資家の進めるテキストからスタートした方が良いだろう。伝説的な二冊として、いずれもJoel Greenblattの著書をお勧めしておく。怪しい邦題に反して本書に書かれた数式にはその後アカデミックな検証が広範になされている。


グリーンブラット投資法 ──M&A、企業分割、倒産、リストラは宝の山

株デビューする前に知っておくべき「魔法の公式」

なおバリュー投資の他にも期待値プラスの戦略はある。例えばボラティリティ・ショート戦略である。リスクを抑えた上でputオプションを売るか、またはVIX指数先物のコンタンゴから利益を得るETF (XIVまたはSVXY) にポジションをはる。この戦略は金融危機の時にとても大きな損失を生み出すが、積算するとその損失を全てカバーするだけのリターンを生み出す。なぜそうなるのかは、低い確率で大きなリターンが得られる宝くじに対するプロスペクト理論のバイアスを思い出すと良い。

負の歪度がもたらすリスクと不合理性

ある程度のメンタルの強さを維持できるのならバリュー投資ほど優れた戦略はない。バリュー投資で大事なのは、なぜこの戦略が長期で大きなキャッシュフローを産むのかに関する的確な理解であって、複雑な数学は全く必要ない。ボラティリティ・ショートを行うには少しは数学を理解している必要がある。

問題となるのは、多くの個人投資家は、一度に大きな損失が来ると、今後この損失がまた来るかもと思ってポジションを閉じてしまう点だ。このメンタリティはバリュー投資を続ける上では障害になる。だがポジションを閉じるのは誤りである。負の歪度をもつ確率分布が引き起こす誤認に騙されているのだ。例えば +1%が10日続いた後に -7%の下落になったとしても合計はまだプラスである。小さなプラス回数がたくさんあり、大きなマイナスが少数回数ある確率分布は負の歪度 (skewness)をもつ。世の中はコイントスや正規分布のように勝ち負けが半々ではない確率分布がたくさんあるのである。歪度が負であって期待値も負であるような散々な銘柄もあるし、歪度が負だが期待値自体は正である資産もある。バリュー投資や、合理的思考を維持できるならボラティリティ・ショートは後者に属する。ただリスクをあるレベル以上とってしまうボラティリティ・ショートは全て期待値もマイナスになる。ケリー基準を思い出して欲しい。

例えばBerkshire Hathaway Inc.は保険料のプレミアムによるfloatを用いたレバレッジ投資を行なっていることもあり、そのリターンは負の歪度を持っている。実際、911のテロ時にはBerkshire参加の再保険会社が莫大な支払いを要求されたが、このテロによるテールリスク or 免責事項はそれまで保険料に入っていなかったそうである。株主総会でもBuffett自ら、テロや地政学リスクに関しては今も心配し続けている点を率直に語っている。

  • 多くの経営者は自分たちが如何に優れた企業であるか吹聴してネガティブ・ニュースを隠そうとする
  • しかしBerkshireではWarren Buffet, Charlie Munger, そして傘下企業のCEO達がみなこれと反対の性格を持っており、率直に悪い情報を伝えてくれる
  • このcandorこそがOracle of Omahaに莫大な成功をもたらしたことを覚えていて欲しい

負の歪度と正の期待値に関しては幅広いアセットクラスに対して調査を行なった論文がある。詳しくは [1] を参照して欲しい。よく「ハイリスク・ハイリターン」という言葉があるが、このハイリスクは高ボラティリティ(標準偏差 or 絶対偏差)と紐づけて論じられることが多い。しかし注意深く統計分析を行うと、ここでいうリスクとは負の歪度であり、歪度が低ければ低いほど(ダウンサイドのテールリスクが高いほど)、期待値が上がるのである。誰しも一発で破産などしたくないから、そのような資産は買われにくい傾向があるため市場価格が過小評価されやすいわけである。

[1] のFigure 7を見ると、どの戦略の期待値が高いのか、また歪度が低いのか参照できる。バリュー投資に一番近い性格を持つのはFama-French High Minus Low (HML)だろう(ただしこれはgrowth stockをショートしているのでオーソドックスなlong-onlyバリュー投資とはskewnessが異なる)。HML戦略はskewnessがやや正であって、他の戦略に比べてコツコツ稼いだものを一気に吹っ飛ばすケースが少ない。その分期待値は暴落リスクを追っている他の戦略よりも低い値に甘んじることになる。

負の歪度を低コストで緩和する

バリュー投資やボラティリティ・ショートから得られる(負の歪度に対するリスクプレミアムとしての)正の期待値を取りに行く上で、認知バイアスから逃れるために、期待値を保ったまま歪度をなるべくゼロに近づけたい。何ができるだろうか。

1つ目の方法は直接的なもので、バリュー投資で保有する銘柄そのもの、もしくは株式指数のputオプションを買うことだ。いわゆるごく普通のプロテクティブ・プット戦略である。金融危機においては損失をかなりカバーしてくれる。

株式と一緒にいつもputオプションを買うナイーブなプロテクティブ・プット戦略の問題点は、長い目で見ると保険料を払いすぎて期待リターンの大半を吹き飛ばしてしまう点である。そこで、いつもオプションをロングするのではなく、オプションが割安か割高か、そして今後implied or realizedボラティリティが上がるのか下がるのか予測しながらオプションをダイナミックにトレーディングする。どういう時に、どのような行使価格・満期のオプションを買えばいいのか、合理的に決める上では機械学習や計量経済学的アプローチがとても役に立つ。株式銘柄は単なるbuy & holdしつつ、ヘッジポジションのみ数学と統計の力に頼るわけだ。

同じく株式をロングしつつヘッジの仕方を変える戦略もある。2つ目の戦略はやはり [1] のFigure 7が示唆してくれる。Momentum戦略のリターン・プロファイルを見て欲しい。この戦略は成長株であるか割安株であるかに関わらず、とにかく中期的に上昇傾向にある銘柄に対してトレンドフォローする(下降傾向にある時は空売りする)という経済学的・合理的思考もへったくれもないアプローチである。しかし実は期待値が正でしかもその値が高いという優れた性質を持っている。Momentumアノマリーはこの論文に限らず種々の研究で確かめられており、効率市場仮説を提唱したFama自身がpremium anomalyと呼んでいるくらいである。

Momentum戦略に関して着目したいこととして、期待値が正でありかつ正のskewnessを持っている点が挙げられる。日本語でいう所の提灯買いにすぎないmomentum戦略もまた、バリュー投資やボラティリティ・ショートと併用してポートフォリオを組むと全体のリスクや歪度を抑える良い性質を持っている。

バリュー投資をベースとしつつ、その負の歪度を機械学習アルゴリズムやmomentumで緩和するハイブリッド戦略は多くの投資家が精神的に耐えうる良いポートフォリオを提供すると著者は考えている。ここではmomentumや機械学習はメインの収益源ではなくヘッジ手段として補助的に用いられているわけで期待値が必ずしも正でなくても良いのだが、工夫次第で期待値を正にすることも可能である。

  • なお機械学習はバリュー投資と時系列予測による投資と双方に適用可能である。機械学習バリュー投資のファンドは多くはないが、例えばEuclidean Technologiesというヘッジファンドはバフェットスタイルの長期投資のためのdeep learning algorithmを開発していることで著名である
  • しかし十分なサンプルサイズを提供するファンダメンタルズ・データベース (学術研究と実務ではcompustatが使われる) は個人投資家にとっては利用料が高すぎるため、個人投資家が機械学習バリュー投資を実践することは現実的ではない
  • そもそもdeep learningやgradient boostingを全く知らなくても長期的にworkするバリュー投資は可能である。シンプルな方法で十分なリターンが出るのに何故複雑な方法を行う必要があるだろうか

バリュー投資ではなく、ヘッジ手段としての機械学習アルゴリズムを用いる場合、その学習データは単なる価格時系列になる。これについて著者の意見は以下の通りである。

  • ファンダメンタルズを用いずに時系列特徴量のみを用いた短期株価予測だけだと、期待値がプラスの投資アルゴリズムを作るのはものすごく難しい。多くの荒くれ者がこの世界に挑戦してきたが、あまりに大きなノイズによって大量のPh.D.ホルダーやデータサイエンティストが見事に討ち死にしている。
    • 未熟者はover-fittingに殺され、経験豊かなものは難しさのせいでこの世界から逃げ出してしまうようだ。広告ターゲティングビジネスなら簡単に予測できて儲けられるのに、なんで難しい株式市場で戦わなければいけない?
    • (しかし広告ターゲティングに自己資金を投下しているデータサイエンティストもまた見かけたことがないが; サラリーマンとして会社の金を利用しているだけである)
  • しかし期待値がゼロ or 負で バリュー投資との相関が低い戦略を機械学習させることはそこまで難しくない。いつもputオプションでカバーするよりも実効的なコストが安い戦略を見つけられるわけであり、統計学的・人工知能テクノロジーがコスト削減に貢献していると言うことができよう

昨今、怪しいAIファンドが次々に出てきているが、上がる株式を予測できる旨のメッセージを見かける。そう主張すること自体反対はしない。実際、注意深く特徴量と学習アルゴリズムを設計するとそれが可能であることは著者も確認している。しかし機械学習がヘッジを助けてくれる旨を主張しているファンドは少ないように感じている。2008年の再来を想定した、暴落時の緩和がつきつつも長期リターンがバリュー投資に近いファンドがあれば、それは多くの個人投資家のメンタリティでもホールドが可能なのではないだろうか。

Reference

[1] Y. Lempérière, C. Deremble, T. T. Nguyen, P. Seager, M. Potters & J. P. Bouchaud, “Risk premia: asymmetric tail risks and excess returns,” Quantitative Finance, 17(1), 1-14, 2017.

問題と事業は選べる(そして選びなさい)

半年ぶりの投稿である。ブログは滞っていたが仕事や私生活では多くの学びがあって、それなりに充実した半年間であった。毎回数式やグラフを書いていると執筆が滞りすぎること(つまりこのブログは去年ダッシュしすぎたということだ)を考慮し、文章だけで良いからもう少し頻度を増やそうかと考えている。そう考える理由は、ここ最近良い研究トピックに出会って趣味レベルの数式をブログに書くよりもpublish or monetizeに集中しようと考えるからだ。本日書くのは、3年くらい前からずっと感じていることで、研究テーマの選択と事業領域の選択に関する共通性である。

問題を解くのではなく発見する

研究者の世界では、新しい問題を発見してかつ自力で解いた人が大きく評価される。既存の問題の新しい解法を発見した場合でも背後の数学や実験がきちんとしていれば論文にはなるが、どうしても後追い・インクリメンタルな改良として次点の評価になりやすい。改良型の論文が評価されにくいことを嫌がる人もいるようだが、第一人者を最大限賞賛するこの文化を著者個人は正当だと考えているし、これこそが研究にギャンブル性を持ち込む面白い点だということで気に入ってもいる。

他人の定義した問題を改善する研究は数式を不必要にこねくり回すことが多い。著者のように、数理的・統計学的アプローチの研究では特にそうだ。たとえば既存の研究に調節が難しいハイパーパラメータ (この単語の意味がわからない読者には、アルゴリズムのふるまいを調節するバルブだと思っていただければよい) があったとしよう。そのハイパーパラメータを合理的に決める方法 or 最適値の解析解もしくは近似解は、その導出が厳密なら一流論文誌や国際会議でpublishできる。大概、その厳密な導出の背後は複雑な積分値と、その上界 or 下界を与えるための不等式 (それどこから持ってきたの? と言いたくなることが多い) の山になる。

導出までシンプルな研究成果ならいいけど、難しい数式の山を見ると (かつては著者もそういうものにのめり込む傾向があった)、こう思ってしまうのだ。

  • その難しい数式に納得できない人は、その研究成果を利用しようと思えないのでは?
  • その数式をさらに展開させられるような一部の数学エリートでないと、この研究の先が発展しないのでは?

もしあなたが研究成果に関する全てを支配したいなら、複雑数式論文もありだ。けれど、あなたの研究目的が小さな世界での独占ではなく、社会全体の発展に寄与すること、そして第一人者としての名声 or 金銭をいくばくか得ることなら、研究成果はむしろ単純な方がいい。単純な事実と結果との対応であれば、それを応用したい人が実務家・研究者の双方で増えるだろう。そこであなたのフォロワー (Citationの増加を含む)が増えることで、あなたの目的が最大限に達成される。

そういう背景事情があるからこそ、すでに大枠が決まってしまった問題で数式をこねくり回す人より、社会的意義があるが皆が気づかなかった新しい問題を発見・わかりやすい解法を見つけた人が評価されるのである。解法の難度としては、あらゆる人間が理解できなくてもよいが、ある程度素養がある人が十分理解できると素晴らしい。更には、トリッキーなアイデアに支えられていて、盲点で気づかなかったが言われて見れば当たり前な方法は良い評判が得られる。コロンブスの卵である。

で、今日コメントしたいこと。研究の世界では多くの研究者仲間で広く合意があるこのカルチャーは、ビジネスの世界に全く共通のものがあっておかしくないはず。しかしビジネスの世界では、これと逆をわざわざやって不必要な茨の道を歩む人が沢山いるように思えるのだ。Amazon社のように最初にわざと困難(e.g., 赤字続き)な道を歩くことで圧倒的シェアを確保し、あとから独占を謳歌する戦略ならまだわかる。でもこの2年間くらいで著者が見かけた人々は、このような長期戦略があるわけじゃなくて、「ただ痛みしかない茨の道」を選んでるように見えた。


ジェフ・ベゾス 果てなき野望-アマゾンを創った無敵の奇才経営者

投資家は事業を選べる

もしあなたがプロの雇われ経営者で、ヘッドハントされてある会社のCEOになるよう説得された場合。そのオファーを受諾すれば、あなたが個人的にどんな事業に興味があるのかに関わらず、その会社のコア事業をまずは何とかしなくてはならない。それが株主や顧客・従業員に対する責任であって、それが嫌ならCEOになってはいけないのである。そしてこの選んだ事業が、どんなに優秀な経営者であっても構造的に復活させようがないということは実際にある。Warren BuffettがBerkshire Hathawayを買収したとき、最初は繊維産業を復活させようと悪戦苦闘したが結局断念したことを思い出して欲しい。

しかしBerkshireは投資会社としてその後劇的に成功しており、Buffettの経営者としての能力は高いものであった。問題は当時の繊維事業のほうである。投資は経営者ではなくて事業に賭けなければならない。Buffettは「馬鹿でも経営できる会社を選びなさい。いずれそういう人が経営につくのだから」と言っているし、投資の世界では「競馬と逆で騎手ではなく馬に賭けろ」と言われる。なお競馬では騎手に掛けるべきなのかどうかも著者は知らないので、もしかしたら「競馬と同じで騎手ではなく馬に賭けろ」かもしれない。著者の友人には尊敬できる経営者もいるし彼らの成功を願っているが、彼らのビジネスに対する率直な評価は経営者個人の資質よりも彼らがどのような事業を行うのかの方に常に向けられる。

世の中には構造的に参入障壁 (堀) が気付きやすく安定したキャッシュフローが得やすい事業形態と、参入障壁がなくて過当競争で延々と苦しむ事業形態との区別が厳然としてある。この点に関しては世の中は全く公平に出来ていない。あなたが人生全体を自虐に捧げる気がない限り、投資は前者のタイプの企業を選ぶべきである。キャッシュフローが予測しやすい会社は株価の妥当値が計算しやすいため、株価が下がったときにそれが本当に割安かどうかも判定しやすいのである。

ではどのような事業が深い堀を持っているのか。この点について述べた参考書はいくつもあり統計的分析と絡めた良書が著者のお気に入りである。しかし統計分析まで行かなくても、たとえば下記のパット・ドーシーの著書は良い知見のオンパレードである。あまりにオンパレードで覚えきれないので、ときどき読み返している。単なるおすすめコメントだけだと納得しないであろうから、一例だけ抜き出そう。アメリカの場合、プロパンガスを集合住宅に供給する会社は安定して利益率が高いのだ。なぜでしょう?


千年投資の公理 ──売られ過ぎの優良企業を買う

その一つの理由は、建物の大家がガス会社をいちいちスイッチするのが面倒くさいからである。そしてこの面倒くささは、プロパンガスのタンクが買取ではなくリースによって運営されていることで強化される。業者を変える場合、自分の保有するタンクをそのままに単に補給源だけスイッチするというわけにはいかず、ガスタンクの設置・撤去などで高い手数料を取られるかもしれない。スイッチコストの高さからガス会社を変えないという大家は多いようで、プロパンガス会社は大したイノベーションがないにも関わらず高い利益率を延々と享受している。無論のこと、この高いガス代は大家および居住者が結局余計に支払わされることになるのだが。

一方で、おなじエネルギー関連産業でも石油精製企業は利益率が低い。なぜだろうか。その答えは、石油精製物はプロパンガスと違って軽く、パイプラインで容易に他の地域から運ぶことができるからである。その結果、顧客は絶えず遠方の石油精製会社からより安い精製物を運んできてコスト削減しようとするそうだ。この場合、規模の経済によって独占状態のグローバル大企業が勝つか、または価格競争で全社共倒れになる。プロパンガスは石油精製物と違って輸送コストが高く、ローカル企業が生き残りやすい。これだけ書くと読者にも想像がついてくると思うが、物理的に重いものを扱うビジネスではローカル企業がグローバル企業に勝てるケースが散見される。砂利会社などもそうだ。

他の儲け方としては、銀行が引き落とし口座を変えたがらない顧客が多いのを悪用してATMの手数料を毎年値上げしている構造などが紹介される。顧客満足度が高い企業は将来大きな利益をあげられるという考え方が盲目的に信奉されているが、おそらく「価格をインフレ率以上にあげても顧客の満足が変わらないこと or 顧客が逃げないこと」というのが本質的なビジネスの強さだろう。Berkshire傘下のSee’s Candyというチョコレート会社があるが、この会社は驚異的でインフレ率+数%のオーダーで20年以上コンスタントに値上げをしてきたにもかかわらず顧客が離反しなかった。著者はSee’sは甘ったるくて全く好きでないのだが (スイスのLindtの方がずっと好きだ)、著者がマズいと思うチョコレートでも中毒になる消費者がいるのだからこのビジネスは大成功である。それ以外の、価格を割り引いてあげたから顧客が満足しているというのは、トラックすべき顧客満足度とは違うのである。どうもこの点が我が国では総体として理解されていないように見える。

起業家と就活生も事業を選べる

さて、投資家は構造的に不利な業種を避けて選択が可能であるが、家業を継いでしまったなどの特殊事情がない限り、他の立場の人も実は事業を選べるのだ。その筆頭は起業家である。起業家の成功の80%は選んだ事業で単に決まっているのではないかとさえ思う。社員が少ないうちは事業のピボットは可能であるものの、勝ってもほどほどのリターンなのに負ける可能性が高すぎる事業は始めから無視すべきではないだろうか? あなたがわざわざやらなくても他の、おそらくはあなたの代わりに犠牲になる起業家や、もしは既存の企業がやってくれるのではないか?

更には、単に就職・転職する立場の一般労働者も選択が可能だ。ここで注意すべきは、構造上儲かりやすいが労働側はコモディティであり、人件費が抑圧されている業種もあることである。こういう企業は投資家として株を買うだけに留めて社員になるのはやめた方が良い。でも人件費がそれほど抑圧されていないようであれば、その会社への就職を実際に考えても良いのでは? プロパンガス会社の社員の給料がどの程度かは著者にはわからないが、もしまぁまぁの水準なら、しょっちゅう宣伝が出ているインターネット企業よりも、無名のプロパンガス企業に行った方が賢いんじゃないか?

しかし起業家も就職を考えている学生も、驚くほどに業種の選択に対して無知であるように見える。巷にはリーダーシップやシリコンバレーの文化に関する本が溢れている。そしてそれらの自己啓発的な内容に触発されて最も参入障壁のない世界に突撃する人は後を絶たない。もちろん、例えばビジネスSNSのLinkedInのように、インターネットの世界では勝者になれば、ネットワーク外部性・winner-take-all現象によって驚くほどの利益を享受できる。しかし内心勝てるか疑問視している人は、別の道を考えて良いと率直に思う。またプロパンガスはニッチ企業だがインターネットはメジャーだという意見には異を唱えておこう。先ほどのパット・ドーシーのリファレンスにはメジャーな大企業であってしかも堀をたくさん持ったビジネスの例が多く出てくる。このリファレンスの方が起業マニュアル or 自己啓発本よりずっと役に立つと著者は思ってしまうのだが、いかがだろうか。

投資アドバイスを聞いて株を買う代わりに就職先を決めたって何の問題もない。株式投資の標準的教科書は間違いなく就職活動に役立つのだが、株はでたらめな書籍が大量に出回っているため、初学者が真のテキストになかなかたどり着けないことが問題なのだろう。

知られていないが、より有利な選択

再び研究の世界に少し戻って、著者がこの10年間で観測した面白い話を一つ紹介したい。著者のメインの仕事である機械学習モデリングでは、ディープ・ラーニングが全盛を迎えていることは多くの人が知る通りである。このディープ・ラーニング技術の三大巨頭として知られるGeoffrey Hinton, Yann LeCun, Yoshua Bengioの3人はいずれもカナダの大学教授であった。このうち、Yoshua Bengio教授やその弟子の論文を著者は、意図せずたまたまであるが10年前に集中的に読んでいたことがある。ただしその頃駆け出しのひよっこだった著者はBengio教授らの深淵な計画を理解することができず、Bengio教授のやっていること (how) を知ることは出来ても、なぜこの研究をやっているのか (why) が理解できなかった。そしてディープ・ラーニング研究を先回りすることなどは全くできなかったのである。

当時読んだ論文で今も覚えているのは [1][2][3] あたりである。当時の著者は高次元空間で多峰性を持つ確率分布の精密な密度推定に関心があって、k-近傍法による局所的な主成分分析を行う [1] から読み始めた。この論文の考え方は難しくなく、著者自身の研究ではこれを上回る方法をBayesian Nonparametricsで賢くやろうと考えていた。

  • そもそもより複雑な数理手法で既存の単純な方法に勝とうという、こういう発想が二流であってアウトなのだ。他人のフィールドでプレイ失敗する愚を著者自身も経験しているからこそ、こうして後進に伝えたいと思っている。このときに書いていたWorking Paperはその後別のトピックを見つけたせいで全てお蔵入りにした。このスイッチの意思決定だけは正解であった。

しかしその後Bengio教授たちは[2][3] でニューラルネットを使った手法にこだわっていた。著者には、当時は不安定な推定手法であったニューラルネットを使う合理性が感じられなかったし、なぜ彼らがニューラルネットの道を突き進むのかも理解できなかった。今となっては、Distributional Representationの考え方とか、彼らの構想のほぼ全てが本質を突いていたことがわかる。後知恵を更に書くなら、当時まだマイナーな研究をしていた彼らにコンタクトして、その後のいくつかのディープ・ラーニング論文のブレイクスルーに参画することも可能だったかもしれない。そして、それほど人気のない彼らの一団に加わるためには当時なら競争は必要なかった。とはいえ、howしか見えずwhyが理解できなかった当時の著者にはこの選択は不可能である。

ここで更に面白いのは、この3巨頭教授たちがいずれも、コンピューター・サイエンスとビジネスのメッカとされるアメリカではなくカナダで研究していたことである。カナダの大学院はいずれも良質だが、競争の激しいアメリカのトップ大学院に進学するよりは当時は倍率が低かったのではないだろうか。Bengio教授の研究室ホームページには、「私たちはhard workする。けれどここはカナダであってアメリカではない。死ぬまで働くようなことはしないよ」と書いてあった。熾烈な競争を勝ち抜いてエリートになったけど、それとは違う傍流にいった人たちの方が後で大きく勝つなら、いったいそんな熾烈な競争とやらをする意味は何なのか? なぜハーバード、スタンフォードの難しい入学試験を受ける必要がある?

独立独歩、そしてカナダ発のディープ・ラーニングの成功は、目立つ世界で脚光を浴びることばかりに目がいって競争に明け暮れ、道端に落ちている金塊に気づかないことのバカバカしさを教えてくれる。今でこそディープ・ラーニングが脚光を浴びている存在だが、当時はニューラルネットにこだわった人たちこそがプロパンガス会社であり、他の複雑な数式に拘泥した人々は掘がなく倒産してゆくインターネット企業だったのである。

見てくれの恐ろしさ

結論は月並みである。人々は脚光を浴びることとか、儲かってそうに「見える」こと・活躍してそうに「見える」ことに惹かれすぎ、そして過大なコスト(e.g., ブランド料)を払うのだ。小さな国・村社会で育つとそういう発想が強くなるかもしれない。そんなとき、テレビやウェブサイトを閉じて家族の顔を思い出してほしい。儲かるように見える方の事業ではなく、実際に儲かる事業に参画することで、貴方は支えてくれる人たちに恩返しできる。幸せがあるのはそちらの方だろう。

Reference

[1] P. Vincent and Y. Bengio, “Manifold Parzen Windows,” Advances in Neural Information Processing Systems 15, 849-856, 2003.

[2] Y. Bengio and M. Monperrus, “Non-Local Manifold Tangent Learning,”  Advances in Neural Information Processing Systems 17, 129-135, 2005.

[3] Y. Bengio, H. Larochelle, and P. Vincent, “Non-Local Manifold Parzen Windows,” Advances in Neural Information Processing Systems 18, 115-122, 2006.

退屈な企業に大きく賭ける (3)

退屈な企業に大きく賭ける (1)で低ボラティリティの株式にレバレッジをかける戦略を導入し、その危険性を鑑みて、直接の借金によるレバレッジではなくCall Optionを使うことを提案した。市場で売買されているCall Optionのうち何をどれだけ買うのが適切か知るためには、原資産がもたらすリターンの確率分布が必要であり、その実データによる推定例を退屈な企業に大きく賭ける (2)で取り上げた。原資産のリターン確率分布が得られたところで、今回は現金+Call Optionsのポジション量の調節を行う。

データと分析の範囲

オプションの市場価格は一応webサイトから取得できる。S&P500 ETFであるSPYのオプション価格はたとえばYahoo Financeならこちらで見られる。しかし公開されている価格データには誤った数字が記載されていることがよくある。実際のbid/ask/last値については契約しているブローカーからきちんとデータを入手すること。

本日我々が議論するのは限月まで1年ほどの長期Call Optionである。限月が9ヶ月を超えるOptionは一般にLong-Term Equity Anticipation Securities (LEAPS)と呼ばれるが、期限が長いことを除けばごく普通のバニラオプションである。日本では日経平均先物に対する限月の短いオプションしか流動性が無いようだが、米国株のオプションは限月が短いものも長いものも流動性があり、Market Makerが最低10枚 (=1,000株)の取引が可能となるようなbid値とask値を絶えず出す義務を負っている。長期になればbidとaskのスプレッドはそれなりに大きく最初の注文でこのスプレッド分の損失を受け入れる必要がある。しかし適切なオプションを買えば、このスプレッドによる損失よりもずっと大きなリターンが後から手にできる。

LEAPSはアメリカン・オプションで限月までのどの営業日でも行使可能である。一方で本日の分析では、限月にのみ行使する前提でペイオフを計算する。つまりヨーロピアン・タイプのペイオフ特性を仮定する。今回我々はCall Optionしか扱わないのでアメリカンとヨーロピアンは理論価格が同一となり違いを無視してよい。Call Optionは配当が支払われることで下落するのだが、この配当の影響は今日の分析では無視している。もしSPY ETFに投資するなら配当は実際のところ重要なので、配当まで含めた意思決定は読者にお任せする。

SPYに関して限月が1年に最も近いのは、本日現在 2017年6月30日満期のものである。取引上は2017年7月1日にOptions Clearing Corporation (OCC)による自動行使が行われる。この日が満期のCall Optionに関して、その(行使価格, bid, ask, last)のデータを取得する。bidとaskがある程度開くので買付にあたって実際にいくら支払う必要があるかは板次第なのだが、ここでは(bid+ask)/2で買えたと仮定する。正規分布を仮定したブラック・ショールズ式は特に用いず、本日現在のオプションの市場価格と予測された年次リターン分布を元にポートフォリオを組成する。

愚直なポートフォリオ最適化

コールオプションのペイオフは、2017年6月30日の株価が行使価格以上だったら(株価-行使価格)-オプション購入価格, そうでなかったら – オプション購入価格である。儲けを出すためには、株価が行使価格とオプション購入価格の合計を超えなければいけない。

  • 米国株オプションは現物決済である。満期の時点で必要源資産を買い付ける現金がない場合には前日までにオプションを他人に転売すること。そうでないと、レバレッジがかかった状態で週末の間の価格変動リスクを負うことになる
  • 正確には自動行使の行われる土曜日には市場での転売はできないので、前日である金曜日に差金決済(行使して手に入れたSPY ETFをすぐ売却する)前提で記載している

オプション購入価格をP_0, 本日現在の株価をS_0, 行使価格をKとおく。実現した株価リターン(対数ではなく通常の割合の方)をY_Tとすると、投下金額であるオプション購入価格を分母とした資産倍率(=Return on Invested Capitalに1を足したもの)は \max \lbrace (S_0(1+Y_T) - K)/P_0 , 0 \rbrace となる。この資産増加倍率と現金(資産増加倍率はrisk-free rateで定数)との間で実際にポートフォリオを組み、所望のリスク・リターン尺度を達成するベストのポートフォリオを探索すれば良い。実際に最良の行使価格とポートフォリオを探索するコードは例えば下記のRコードのように行う。

for(optionAttr in optionAttrList){
  K  <- optionAttr$StrikePrice
  P0 <- optionAttr$MarketPrice
  callMult <- ifelse(S0*(1+y)&amp;gt;K, S0*(1+y)-K, 0.0) / P0
  for(r in c(0:100)/100.0){
    y_r = log((1-r) + r*callMult)
    if(satisfy_constraint(y_r)){
       perf <- mean(y_r)
        maxPerf <- perf
        bestDist <- y_r
        bestPosSize <- r
        bestOptionAttr <- optionAttr
      }
    }
  }
}

 

上記のRコードについて少し解説すると、

  • 変数 y にn(=10,000)個のシミュレートされた年次リターン・ランダムサンプルが入っている
  • 変数optionAttrListに全てのCall Optionの(行使価格, 市場価格=(bid+ask)/2)が入っている
  • 年次リターン・ランダムサンプルの一つ一つに対してCall Optionを行使する方が得か損かを判定し、Call Option全体の資産増加率に関するランダムサンプルを得る
  • Call Option全体の資産増加率に関するランダムサンプルと、現金 (ここでは金利0としているがより現実的にはrisk-free rateを入れる)とをr:(1-r)の比率で混ぜたポートフォリオによる資産増加率について、最終的なランダムサンプルを得る
  • 最終的なランダムサンプルに対する統計量: 例えばValue at RiskとかExpected Shortfall を計算しそれが条件を満たしているポートフォリオの中で (この処理を関数satisfy_constraintで行う)、なるべく期待値が高いものを探索する
  • 期待値に関する補足: リターンそのものの期待値ではなく、資産増加率(=1+リターン)の対数に関する期待値を取ることで長期投資に向いたポートフォリオができる
    • リスク資産の分布が来年以降も同じであった場合に、今回と同じ賭けを複利で運用していくと仮定する
    • その場合、トータルの期間の対数リターンは対数期待値 x 年数 にだんだん収束する
    • 期待値最大化よりも対数期待値最大化の方がより持続性のあるポートフォリオになる。詳細は別エントリーでそのうち書きたいと思う

モンテカルロ法のランダムサンプルに対して 混合比 (1-r):r をグリッドに区切って探索しているだけのexhaustiveなコードであるが、リターン分布の特性に関して制約されないので実務上有効なアプローチである。

実際に最適化されたポートフォリオの例

著者の手元のシミュレーションでSPY 2017年6月30日満期のCall Optionと現金のポートフォリオとして最適と判断されたのは、以下の通りである

  • 投資金額の97%を現金で持つ (ほとんど現金である!)
  • 残りの3%で、行使価格 $238 のCall Optionを買う: 市場価格は$2.59
  • SPYの2016年7月26日終値が$216.75なので、ほぼ10% Out-of-The-Money (OTM)のCall Optionを買うことになる

SPY.annual.call

図1. (再掲) 最適化された現金+Call Optionsポートフォリオの年次リターン確率分布

ほとんど現金なので最悪ケースでも97%の元本が確保されるのだが、OTM Callを買っているため、それでも普通にETFを買っているよりレバレッジがかかっているのである。例えばあなたが $100,000 (一千万円以上)投資するとすると、

  • ETF: 100,000/216.75 = 461 [株]を買う
  • 現金+Call: $97,000 を現金としてリザーブし、$3,000で $2.59のオプションを 1158株分,
    オプションは100株単位でしか買えないので 12枚買う
  • ETFとCall Optionとを比較すると、後者は1158/461 = 2.5[倍]のレバレッジがかかっている

見かけの金額が小さいことに騙されないよう。実際にはCall Optionのポートフォリオは元のSPY ETFの変動を2.5倍も増幅するように賭けているのである。10%のOTMなので株価が上がってもすぐにCall Optionの価値は上がらないが、SPYが上昇しオプションがIn-The-Money (ITM)になるに連れて激しい変動がもたらされるようになる。それでもレバレッジを2.5倍程度にとどめるように、というのはなかなか示唆に富んでいないだろうか。買いつけ可能金額だけならもっとたくさんのCall Optionを買うことができるが、実際にはそのようなギャンプルはほぼ確実に失敗に終わる。大ギャンブルすることが可能な状況において流行る射幸心を抑えることがオプションのロングポジションを構成する時の基本というわけである。それでも2.5倍レバレッジしているということは、保険に頼ることでちょっとだけ大胆になっている、というわけだ。

今回のような、大部分を安全資産に賭けつつ、一部の限定された割合を変動の激しい資産に賭ける方法をバーベル戦略というが、Nassim Nicholas Talebが昔から推奨している方法が今回の数理的最適化でも結果的に選定された点は興味深い。

 

ブラック・スワン[上]―不確実性とリスクの本質

ETF原資産との比較で、バーベル戦略のポートフォリオがどの点で優位/劣位にたっているのか明らかにするには、両者のリターン分布を同一のスケールで重ねて描画してみると良い。それは図2の通りである。現金+Callはほとんどの場合は少しだけ損をして終わるため、例えば20%ぐらいのまぁまぁのリターンを達成する可能性は原資産よりも低いのだが、最悪ケースと最良ケース、そして平均では勝っている。

SPY.stock_vs_call

図2. 元のETFと選ばれた現金+Callとの年次リターン確率分布の比較

裁定機会の存在について

オプション・プライシングモデルに詳しい一部の読者諸賢は、完全なフリーランチではないとはいえ、今回のSPYのような優れたポートフォリオが組めるならもっとオプションの市場価格が上がってしかるべきではないか? 裁定機会が存在するのはおかしいのではないか? と思うかもしれない。著者の考えでは実際におかしいのはプライシングモデルの方で、裁定機会が存在しないという仮定は成り立っていないと思う。

ブラック・ショールズの公式なら、二つの点が特にずれている。一つ目はよく言われることで、ファットテールを考慮していない。二つ目の点が今回の戦略のもとになっているのだが、幾何ブラウン運動のドリフト項をrisk-free rateに選ぶモデリングは実際の価格と一致しないと考えている。歴史的に見てもSPYは6%程度の平均リターンをもたらしてきたわけで、10年満期T-bond (米国債)よりも利率が良い。金融工学の授業で習うように、裁定機会が存在しないという仮定はドリフト項はCall Option価格に影響を与えないという結論を導く。しかし、その仮定を取り払った場合にはドリフト項がCall Optionのプライシングに重要であり、実際には本質価値より安いCall Optionを市場から買える場合がある、ということになる。これは著者個人の考えに負うところが大きく断定はできないので、読者諸賢は自分なりの結論を出していただければ幸いである。先日紹介したテキストでも、risk-free rateをドリフトに使う仮定はおかしいのでは? という問題意識は提示されている。


The Intelligent Option Investor: Applying Value Investing to the World of Options

いつもOTMのバーベル戦略が選ばれるのか?

最後に、インプリケーションがどれぐらいの銘柄に当てはまるものなのか、参考程度に個別銘柄で同様の分析を行った結果を紹介する。退屈な企業に大きく賭ける (1) で注意事項を挙げた通り、個別銘柄のリターン予測に過去リターンの分布をそのまま使うことはおすすめしない。あくまで本質価値との乖離から分布を設定することを強く勧める(従って財務諸表の各種数値から年次リターン分布を予測する回帰モデルを作るべきだ)。しかし参考程度に、同様に過去のリターン分布が再現できると仮定した場合にどのようなポートフォリオが優れているのか知ることは読者の興味になり得るだろう。

今回は Visa (V)を例題銘柄とした。安定したキャッシュフローを生み続けている銘柄である。モバイルペイメントにdisruptされるという噂がよく立つが実際にはそちらからも収益を上げている ので、とりあえず安定したリターン分布が続くと仮定しやすい銘柄だと考えた。実際には2016年7月30日現在でP/Eが33もある割高銘柄であるので、今回の分析の仮定の脆弱さは忘れないでいただきたい。図3の日次リターン分布をもとにしてシミュレートしたのが図4の年次リターン分布である。オプションの在庫の関係で満期は2017年6月16日となっている。またツールの関係でfrom 2004と表示されているが、実際にはfrom 2008である(それ以前は上場していない)。

V.daily

図3. VISA: 2008年から2016年までの日次リターン分布推定結果

 

V.annual.stock

図4. VISA: シミュレートされた年次リターン分布

着目すべきは最適化で実際に選定された現金 + Call Optionsのポートフォリオである。87パーセントを現金に, 13パーセントをCall Optionに当てるということでSPYの場合よりもOptionの割合がかなり高い(従って最悪ケースでは13パーセントのロスになる)。しかし行使価格が$77.5, オプション市場価格: (6.75+6.95)/2=$6.85 で現在株価の$78.05から見ると やや In-The-Money (ITM)である。OTMではなくITMが選ばれた。バーベル戦略ではあるが、バーベルの端は尖り具合が小さい、というわけだ。

V.annual.call

図5. VISA: 最適化された現金+Call ポートフォリオの年次リターン分布

同様に$100,000を賭ける場合を考えるとレバレッジ比率は以下の計算により、1.5倍である。OTMではなくITMを使うことでレバレッジを抑えるべき・より現物株に近いペイオフ曲線にせよと言われているわけである。VISAの場合、優良企業で人気があるためOTMは順調に株価が上昇すると凄まじいリターンをもたらすことになる。この予想にもとづきOTM Call Optionは人気がですぎて割高になっている可能性が高い。

  • 現物株式: 100,000 / 78.05 = 1281 [株]購入
  • 現金+Call: 13,000 / 6.85 = 1897[株]分なので 19枚
  • レバレッジは 1897 / 1281 = 1.5 [倍]

肝心のリターン分布であるが、ITMを使っているおかげで、まぁまぁの利益が得られる可能性もかなり高くなっており、現物株式よりほぼdominantに優れたポジションになっている。もちろん、これはリターンの予測分布が正しかった場合の結果であるから、実際の運用に当たっては株価とファンダメンタルズとの乖離をよく考える必要がある。

結論

現金とCall Optionsで組むポートフォリオの最適値を、シミュレーションベースで計算する方法を提示した。SPYとVISAを比べてわかるように最適ポートフォリオは銘柄と市場の状況によって異なる。ITM, At-The-Money (ATM), OTMのどれを買えばいいのかにも注意深い計算が必要である。

単純な統計的アプローチ+シミュレーションベースの愚直な最適化が、ギャンブルに流行る投資家の射幸心に歯止めをかけられることを示した。保険をかけて1.5-2.5倍程度のレバレッジをかけるポジションが推奨されており、間違っても5倍とか10倍といった結果は出てこない。妥当なレバレッジの目安レンジが、退屈な株式をレバレッジ投資する投資家に多くの示唆をもたらすことを期待する。

 

 

退屈な企業に大きく賭ける (2)

前回、退屈な企業に大きく賭ける (1)で、低ボラティリティの株式にレバレッジをかけて高ボラティリティの成長株よりも優れたSharpe Ratioを狙う戦略を紹介した。借金だけを用いたレバレッジはテールリスクに対して脆弱であって実際の適用に難がある。しかし我々にはまだ道具が残されている。Call Optionである。Call Optionが何であるかを説明すると流石に記事が長くなりすぎるので、ご存知ない方はまずテキストで勉強されたい。

多くのオプションのテキストは種々のプライシングモデルについて延々と説明しているか、または短期売買のための様々な合成ポジションを列挙している。しかしいずれも本日議論する単純なレバレッジ戦略には必要ない。ブラック・ショールズの式も必要ない。中長期のBuy & Hold前提でCall Optionをロングする投資家には、以下のテキストが良いと思う。MorningstarのFounder CEOであるJoe Mansuetoも推薦している。


The Intelligent Option Investor: Applying Value Investing to the World of Options

これ以降、定量的に評価して妥当なアプローチでなければ議論する価値がない。したがって実データに基づいて話をする。そのため、題材として実在の株式またはETF: 今回はS&P500指数に連動するETFである SPYを取り上げる。インデックスを取り上げる理由は次の二つである。

  • 多くの投資家にとってはインデックス・ファンドをホールドする方が、個別株を買うよりも理にかなっている
  • 将来のリターンの確率分布を得るにあたって、過去の価格時系列から単純な統計手法で推定した分布がある程度信頼できる
    • 後述する周辺化されたリターン確率分布を用いるアプローチ
    • 個別株には今回の方法は不適切である。SPY ETFにも本来は不適切であるが、個別株よりは問題が少ない

Call Optionへの長期投資を行うためには、今日から1年後までの累積リターンに関する確率分布を事前に知らなければいけない。この推定誤差をできるだけ減らすことが良いポジションの鍵である。それだけでそれなりの分析が必要なため、今回は年次リターンの確率分布を予測するところまで取り上げる。次回は、予測された年次リターン確率分布を元にCall Optionのストライク価格やポジション量を最適化する。

SPYを取り上げたのはあくまで分析のためであり、SPYへの投資を推奨するものではないことは免責事項で周知している通りである。Disclosure: 著者は2016年7月26日現在、ごくわずかな量のSPY Call optionをロングしている。

日次リターンの確率分布を推定する

母集団の選定

我々が議論するのは一年間ホールドしたときのパフォーマンスである。しかしその予測を行うための定量データとしては日次の株価を利用する。年次リターンのデータではなく、細かい日次リターンを利用するのは以下の理由による。

  • サンプル数の確保: 過去数十年とっても年次リターンのサンプル数は数十しかなく、分布推定に乗る誤差が大きい
  • 米国経済を長期で見たときの非定常性: 第二次世界大戦後からケネディ政権が出来上がるくらいまでの中間層が成長した時期、レーガン政権が新自由主義を推し進めた時期、近年の金融危機後でGDP成長が停滞した時期、といった時期によってアメリカ経済全体のマクロな成長率は異なっている。ケネディ政権のころの安定したリターンの分布を現代に適用するのは適切ではない

今回の分析では、2004年1月1日から2016年7月26日(昨日)までの価格時系列データを用いることとした。この期間であれば2008年の金融危機以前と、2008年以降のGDP成長率が低下した時期 – 元財務長官のLarry Summersによれば長期停滞が始まっている – と金融緩和による底上げとをどれもそれなりに含んでいる。

  • 個別企業の場合は株価は企業業績が決めるため、昨年と同じ業績が今年も続くと仮定するのが正しくないケースが多い
  • S&P500指数も本来は企業株価の集合体なので同様の制限がある。多くの企業がFree Cash Flowと株価の関係から見て過大評価されている時期においては、その後のリターンは市場全体にダウンワードバイアスがあると考えるべきである。よって本来はSPY ETFでも同一のリターン分布を用いるべきではない
    • しかしグリーンスパン議長の時代のように資産価格が膨れ上がった時期、リーマンショック直後の株価が過少評価された時期等を広く含むことによって、周辺化された確率分布は各種のケースをバランス良く含むものと仮定することになる

今回は2004年からのデータを使って2016年後半から2017年前半にかけてのリターンを予測する。なお、非定常性の考慮(通常は期間を短くとった方が良い)とサンプル数の確保(期間を長く取った方が良い)との間のトレードオフを適化したい、というエンジニア的発想の諸氏は、以下のステップをコンピュータプログラムで実装すると良いだろう。

  • 期間 (s-H) から (s-1)までのサンプルを用いて推定した確率分布を用い、期間sでの予測尤度を計算する
  • 上記の予測尤度に関して s = H+1, H+2, … の間の平均が最大となるような窓幅Hを選択する
  • 長期の予測尤度を考えているので、sは年単位である

なぜ日次リターンか

具体的な推定の前に、今回のアプローチの根拠を明らかにしておく。日次リターンを利用する利点に関して、サンプル数以上の根拠は、日次リターンの周辺化された確率分布を精確に求めるだけで、年次リターンの確率分布もそれなりの精度で求まることである。

  • これはリターンそのものの自己相関が無視できるためであり、後述する
  • 「周辺化された確率分布」という用語はもったいぶっているように見えるが、要は時刻を無視した単一の確率分布ということ

用語を以下のように定義し、誤解のないように確率変数名もここで導入しておく。

  • 日次リターン: log(次の日の株価 / ある日の株価) : logは自然対数
    • 日付 t の株価をS_t, 日次リターンの確率変数を X_t = \log(S_{t+1}/S_t)と表記する
  • 年次リターン: (翌年の同じ日の株価 / ある日の株価) – 1
    • 日付 tから 日付(t+T)  (Tは翌年までの市場の営業日数)の年次リターンを Y_tとする
    • Y_t = \exp( \sum_{s=0}^{T-1} X_{t+s} ) - 1

日次と年次とで、対数を使うか普通の割合を使うか分けているのは、分析上の利便性からである。そして、データに由来する次の理由をもって、年次リターンの確率分布は日次リターンの周辺化された確率分布から推定できると主張する

  • 日次リターンの自己相関はほぼゼロである, i.e., \forall k>0~Corr(X_t, X_{t+k})\simeq 0
  • つまり、昨日が上がったからといって翌日上がりやすいか下がりやすいかという傾向に偏りは見られない。実際の2004年からのSPY日次リターンに関する自己相関係数をlag日数に対してプロットすると図1の通りであり、有意になることはあっても自己相関自体は小さい

SPY.acf1

図1. 2004年から2016年までのSPY日次リターンの自己相関

    • こちらも本当は少し議論があって、2008年の金融危機のような大暴落イベントの時だけは自己相関が正になっていることがドローダウンの分布から推定できるのだが、今回はこれは省く
    • 大暴落のメカニズムまで含めたモデル化について詳しく知りたい人はDidier Sornetteの以下を読むと良い


Why Stock Markets Crash: Critical Events in Complex Financial Systems

  • ゆえに、日付 t から (t+T)までの日次リターン時系列を生成する確率過程として、複雑な自己回帰モデル等ではなく単なる周辺確率分布からのi.i.d.なサンプリングを用いてよい

 

実際には上記の議論は大事な点を一つ落としている。それはボラティリティの自己相関である。日次リターンの自己相関はほぼゼロだが、日次リターンの絶対値の自己相関は図2に示す通り長く尾をひく。大きく上がった or 下がった日の翌日は、方向はわからないが同様に大きく動きやすいということである。他にも株価が下がった日の翌日はボラティリティが上がるという性質も広く知られている。

SPY.acf2

図2. 2004年から2016年までのSPY日次リターンの絶対値に関する自己相関

ボラティリティの自己相関を真面目に取り入れようとすると、GARCHやStochastic Volatility Model (SV)を基本とした自己回帰モデルが必要になる。しかし年単位の中長期投資においては、著者の見解ではGARCHを使う必要はない。これは以下の理由による。

  • GARCHは直近のリターンを状態としたマルコフ連鎖をモデル化したものである。このマルコフ連鎖はどの初期状態からスタートしても一年も経つと定常状態にかなり近くなる
  • 一年間のリターン予測精度という観点では、ダイナミクスを精密にモデル化・推定した上で遷移をシミュレートした場合と、周辺化された分布から単純にi.i.d.でサンプリングした場合とで、あまり違いがない
  • ダイナミクスを精密にモデル化した場合パラメータ数が増えるため、ベイジアンの適切な方法を用いない限りむしろ予測精度が悪化する

一般の投資家にとってはこれだけ理解すれば十分である。しかし何でも機械学習化したがるエンジニア諸氏のためにさらに補足を加えておこう。大多数の人はスキップして欲しい。

    • 自己相関を利用したボラティリティ予測モデルはGARCH familyだけではない
    • 例えば機械学習で知られる非線形回帰モデルを使ったアプローチも研究されている。過去のリターンを説明変数にして、未来のリターンの絶対値、またはリターンの確率分布そのものを条件付き密度推定するわけである
    • しかしこれら非線形の自己回帰モデルは長期予測に用いた場合バイアスが乗ることが指摘されており、このバイアスを減らさない限りおそらくは単純なi.i.d.サンプリングよりも精度が悪い
    • 長期リターンをダイレクトに回帰する方法と、シミュレーションによる自己回帰モデルの連鎖との中間のアプローチもある。代表的なのはMixed-Data Sampling と呼ばれる回帰テクニックである
    • 残るファクターとして考慮の必要があるのはボラティリティの長期記憶性: 一年経ってもしつこく残り続ける弱い自己相関である。これは今回の分析では切り捨ててしまうが、興味がある人は以下のテキストで学ぶと良いだろう。


長期記憶過程の統計―自己相似な時系列の理論と方法

日次リターンから年次リターンをシミュレート

日次リターンの確率分布P(X)が得られたとする。この分布からモンテカルロ法を用いてリターンサンプルを生成することにより、年次リターンの分布の近似値を簡単に求めることができる。

  • i = 1,2,\ldots,nまで以下を繰り返す。nは10,000くらい取ればよい
    • P(X)からT個のサンプル X_{i1}, X_{i2}, ..., X_{iT} を生成する
    • Y_i = \exp(\sum_{t=1}^T X_{it}) - 1 とする
    • サンプル  (Y_i)_{i=1}^n に対してカーネル密度推定法を用いてノンパラメトリックに年次リターンの分布を推定する

n = 10,000程度ではモンテカルロ法のランダムノイズに由来する誤差が特にテールの推定においてそれなりに残る。しかし元々のP(X)ですら近似値をデータから求めているにすぎないのでこのnを莫大にする利便性は低い。大量の計算機資源を持ちかつリスク評価に特に敏感な諸氏に関しては、例えば以下のようにして不確実性も上乗せして定量化すると良いだろう。これによりテールリスクは少し上乗せされた形で推定される

  • Y_iの生成に用いる確率分布は共通のP(X)ではなく、iに依存した確率分布P_i(X)とする
  • P_i(X)の推定には、オリジナルの日次リターンデータ全体の代わりに65〜80%のランダムサンプリングした標本を用いる

日次リターンは裾野の重たい分布を使って推定せよ

自己相関は無視しても良いと割り切ったが、何でもナイーブなモデルで済ませられるほど世の中は甘くない。年次リターンをシミュレーションによって求める場合、その元となる周辺化された日次リターンの確率分布はできる限り精密に推定する必要がある。日次リターンには確率が低い大暴落と多くの頻度を占める緩やかな上昇が含まれるため、その確率分布は重たい裾野と負の歪度が伴う。分散が有限かどうかはマンデルブローがLévy alpha-stable distributionを導入して以来、議論が続いたがRama Contが包括的にstylized factsをまとめているように、有限分散であることを仮定して良いことがわかってきた。裾野は正規分布よりは重たいものの、どこかで切れているということである。Contの研究含めた包括的なサーベイが欲しい人には下記を読むことをお勧めする。


ウォール街の物理学者

裾野が重たく左右非対称であり、日次リターンのモデル化に向く確率分布にNormal Inverse Gaussian (NIG) distributionがある。パターン認識の機械学習タスクばかりやって正規分布または指数分布族に毒された人々には馴染みがうすいが、金融計量経済学ではよく使われるスタンダードなツールである。今回はこのNIG distributionをRを使って適合する。大変有り難いことに、Rにはghyp という NIGの適合を簡単にやってくれるパッケージがある。なお自力でアルゴリズムを実装したいエンジニアはこちらの論文に示されたEMアルゴリズムを実装すると良い。著者はJavaで実装した自己のオリジナルパッケージを広範なシミュレーションを含むより複雑なモデリングに使っている。

価格時系列が変数priceSeqに入っているとすると、たとえば以下のRコードで実際に適合された確率密度関数を描画することができる。

library(ghyp)
retSeq = diff(log(priceSeq))
dist = fit.NIGuv(retSeq, save.data=FALSE, silent=TRUE)
print(summary(dist))
daily_mean &amp;amp;amp;nbsp &amp;amp;lt;- mean(dist)
daily_q0005 <- qghyp(0.005, dist)
daily_q0995 <- qghyp(0.995, dist)
daily_q0001 <- qghyp(0.001, dist)
daily_q0999 <- qghyp(0.999, dist)
curve(dghyp(x/100, dist), col=&amp;amp;quot;black&amp;amp;quot;,
  main=sprintf(&amp;amp;quot;%s: Daily-Return Distribution\nfrom 2004 to 2016&amp;amp;quot;, ticker),
  ylab = &amp;amp;quot;probability density&amp;amp;quot;,
  xlab = &amp;amp;quot;log(Price of day (t+1) / Price of day t) [%]&amp;amp;quot;,
  xlim = c(100*daily_q0001, 100*daily_q0999),
  cex.main = 2.5, cex.lab = 1.5, cex.axis = 1.5
)

dghyp(daily_mean, dist) * 2/3
abline(v = 100*daily_mean, col=&amp;amp;quot;blue&amp;amp;quot;)
abline(v = 100*daily_q0005, col=&amp;amp;quot;blue&amp;amp;quot;, lty=2)
abline(v = 100*daily_q0995, col=&amp;amp;quot;blue&amp;amp;quot;, lty=2)
genlabel <- function(name, value){   sprintf(&amp;amp;quot;%s\n%s%1.1f%s&amp;amp;quot;, name, ifelse(value&amp;amp;gt;0, &amp;amp;quot;+&amp;amp;quot;, &amp;amp;quot;&amp;amp;quot;), 100*value, &amp;amp;quot;%&amp;amp;quot;)
}
bh <- dghyp(daily_mean, dist)
text(100*daily_mean, bh*2/3, genlabel(&amp;amp;quot;mean&amp;amp;quot;, daily_mean), col=&amp;amp;quot;blue&amp;amp;quot;, cex=1.5)
text(100*daily_q0005, bh/3, genlabel(&amp;amp;quot;0.5%-tile&amp;amp;quot;, daily_q0005), col=&amp;amp;quot;blue&amp;amp;quot;, cex=1.5)
text(100*daily_q0995, bh/3, genlabel(&amp;amp;quot;99.5%-tile&amp;amp;quot;, daily_q0995), col=&amp;amp;quot;blue&amp;amp;quot;, cex=1.5)

 

実際に得られるグラフは図3のようになる。ダウンサイドである0.5%-tileの方がアップサイドである99.5%-tileよりも大きい。

SPY.daily

図3. 適合された日次リターンの確率密度関数

シミュレートされた年次リターン

さて日次リターンの確率分布が求まれば後は乱数を利用して年次リターンをシミュレートするだけである。カーネル密度推定法を使ったおおよその確率密度関数を描画する方法は次のとおりである。大真面目にやる場合はカーネル幅をサンプル領域に応じてadaptiveにすることでより滑らかで的確な関数が得られるが、大まかに全体を知ることが目的なのでここではそこまでやらない。

次回説明するSPY Call Optionの満期で1年に近いのが2017年6月30日満期のため、Tは2016年7月26日から2017年6月16日 (11か月程度)で出力する。

library(ghyp)
y = numeric(n)
for(j in c(1:n)){ y[j] = sum(rghyp(T, dist)) }
annual_stock_mean &amp;amp;lt;- mean(exp(y)-1)
annual_stock_q0005 &amp;amp;lt;- quantile(exp(y)-1, probs=c(0.005))
annual_stock_q0995 &amp;amp;lt;- quantile(exp(y)-1, probs=c(0.995))
kde_stock &amp;amp;lt;- density(100 * (exp(y)-1))
bh &amp;amp;lt;- max(kde_stock$y)
plot(kde_stock, col=&amp;amp;quot;black&amp;amp;quot;,
  main=sprintf(&amp;amp;quot;%s: Return Dist. until %s\nfor Common Stock Only&amp;amp;quot;, ticker, bestAttr$Expire),
  ylab = &amp;amp;quot;probability density&amp;amp;quot;,
  xlab = &amp;amp;quot;Annual Return [%]&amp;amp;quot;,
  cex.main = 2.5,
  cex.lab = 1.5,
  cex.axis = 1.5
)

abline(v = 100*annual_stock_q0005, col=&amp;amp;quot;blue&amp;amp;quot;, lty=2)
abline(v = 100*annual_stock_q0995, col=&amp;amp;quot;blue&amp;amp;quot;, lty=2)
text(100*annual_stock_mean, bh*2/3, genlabel(&amp;amp;quot;mean&amp;amp;quot;, annual_stock_mean), col=&amp;amp;quot;blue&amp;amp;quot;, cex=1.5)
text(100*annual_stock_q0005, bh/3, genlabel(&amp;amp;quot;0.5%-tile&amp;amp;quot;, annual_stock_q0005), col=&amp;amp;quot;blue&amp;amp;quot;, cex=1.5)
text(100*annual_stock_q0995, bh/3, genlabel(&amp;amp;quot;99.5%-tile&amp;amp;quot;, annual_stock_q0995), col=&amp;amp;quot;blue&amp;amp;quot;, cex=1.5)

こうして得られる年次リターンの予測分布は図4のとおり。対数で見た時とは違い、右側に裾野が広がっている。期待値は+9%で、歴史的なS&P500リターンよりも高く出ているが、これは近年の金融緩和の影響と、NIG分布の推定誤差の影響とが混じっている。ブートストラッピング or ベイジアンで更に精度を上げるのは読者個人にお任せする。

SPY.annual.stock

図4. シミュレートされたSPY年次リターン分布の確率密度関数

さて、図4が普通にETFを買うだけのポジションなのに対して、作成方法まだ非公開の図5は現金+Call Optionsで同様にロングした時のリターン分布だ。現金+CallはETF Onlyに比べて、期待値が高く、右の裾野がより伸びている(大儲けする可能性がより高い)。しかしダウンサイドを見た場合でも0.5%-tileは普通にETFを買う場合よりマシになっている。0.5%-tileよりさらにダウンする可能性もETFだとあるが、現金+Call Optionsの場合はここで裾野が完全に切れており、最悪ケースはETFよりもずっと良い

SPY.annual.call

図5. 現金とCall Optionsのポートフォリオに関するシミュレートされた年次リターン分布

期待値が普通株よりも高く、ベストケースが普通株よりもよくて、ワーストケースも普通株より良い。言葉だけ聞くとこんなに美味しい話はなさそうに聴こえるがいかがであろうか。もちろんこれはフリーランチではない。現金+Callポジションはまぁまぁ儲かる可能性はETF Onlyよりも低いのである。加えて、良い分布特性が得られるかどうかはオプション市場で良いCall Optionが安値で売られているかどうかにも左右される。しかしそのような機会はそこまで稀ではないことも分かっている。

次回は同じSPYに対するロングポジションでも、どのようにして図5のようなリターン特性を合成可能なのかを説明する。

退屈な企業に大きく賭ける (1)

先日、あるITエンジニアが株式投資を始めようとしていた。GoogleやFacebook, Netflixなどの著名なIT企業の株式を買って大当たりを狙うことを考えたようだ。GoogleやFacebookが今後も大きなearnings growthを示すかどうかは各人の予想に任せるとして置いておこう。ただこれらの企業は、例えばJohnson & Johnsonのような安定優良企業に比べて日々の株価の変動が激しい(=ボラティリティが高い)ことに多くの人は異論を唱えないと思う。

大きく狙うのも人生そんなに悪いことじゃない。けれどボラティリティの高い成長企業の株を買うことだけが、大きく勝つ方法なのだろうか? あるいは大きく勝つ方法の中の最善は成長企業の株を買うことなのだろうか? ブローカーに注文を入れる前にこのような自問自答ができるかどうかが、ど素人から素人に成長するにあたっての昇進試験である。

大きく勝つ手段の他の一つである、ボラティリティの低い企業の株をレバレッジをかけて買うという方法について議論しよう。借金することで、自分の持っている現金よりも大きな量の株式を取得するのである。

簡単のため、仮想的にA社とB社の株式について考える。そして年間リターンは正規分布に従うと仮定する(もちろん実際は従わないが理解のためである)。現在株価がともに$100で予想リターンが以下の通りの時、$10,000持っているあなたが大きく狙うならどのように銘柄選択するだろうか?

  • A社: 6\% \pm 8\%
  • B社: 17\% \pm 32\%

多くの人はB社株を100株買う。しかし一部の人は、なんと$30,000も借金してA社を400株買う。この時、例えば金利を必ず3%払う必要があり、期待リターンは結果として6\times 4-3=21[%]となる。結局のところ、二つの投資戦略の予想ペイオフは以下の通りである。同じボラティリティにもかかわらず、借金アプローチの方が期待値が高い!

  • B社を100株の場合: \$1,700 \pm \$3,200
  • A社を400株の場合: \$2,100 \pm \$3,200

人々はおうむ返しのように世の中はハイリスク・ハイリターンが当然だ、と教えられて刷り込まれていく。絶対水準に関しては殆どの場合そうだろう。しかしリターンとリスクの比率 (有限分散が仮定できる世界ではSharpe Ratioと呼ばれるものである) に関してはあまり正しくないケースが多い。低いボラティリティの株をレバレッジをかけて買う方が、高いボラティリティの現物株を買うよりも有利な現象はLow Volatility Anomaly と呼ばれている。

世の中には先を考える人がいるもので、A社とB社の相関を打ち消した応用戦略まで考える人もいる。Betting against Betaと呼ばれる戦略は以下のようなポジションの取り方をする。

  • 高ボラティリティの株を空売りする
  • 低ボラティリティの株をレバレッジをかけて買う

信用取引全開で目眩がするが、何か見落としがないだろうか (もちろんある。これは後述する)。しかしまず上がってくる疑問は、なぜこのようなアノマリーが持続しているかということである。これだけ性質が分かりきっている賭けならボラティリティの低い株式の買い付けが増えてしまい、リターンの期待値が減ることで結果的にアノマリーは消えるのではないか? そういう疑念があるが、実際には、おそらくは以下の二つの仮説のどちらかのせいで、このアノマリーは残り続けているのである。

  1. 世の中には金融規制があるので、そもそもそんなに大きな倍率のレバレッジをかけることができない。この結果、低ボラティリティの株が賭け足りない状況になっており、裁定機会が残る
  2. GoogleやFacebookの株を買う人は宝くじを買うようなナイーブなギャンブラーが多く、これらの企業は低ボラティリティ銘柄に比べて買われすぎ・過大評価される傾向がある。割高価格での購入が、長期で見ると低いリターン/リスク比率につながる

どちらの仮説が妥当そうかは論文でも議論されているので、興味のある方は読まれたい。ある種の観測データからは1.が支持されるようだ。ただし感覚について述べるのを許すならば(だってこのブログは主観について扱うからね)、著者の友人を見渡した上で2.も妥当性を感じられる。オンラインブローカーで軽々しく株式を買う輩はコンピューターに詳しいことが多く、IT業界で働いている可能性が高い。彼らはそもそもコンピューターと直結したビジネス以外は何も知らなかったりする。そのようなナイーブな投資家が、他の手段について調査せずにIT企業の株式をすぐ購入してしまうことで、需給関係の結果として株価が割高になるというシナリオは無視できないと思っている。

Betting against Beta戦略、あるいは低ボラティリティ株のロング戦略はWarren BuffettのBerkshire Hathawayが行っている投資戦略と類似していることが Buffett’s Alpha という論文で指摘されている。この論文もバリュー投資家の間では著名であり、未読の人には是非目を通されることを勧める。Berkshireの場合には自社が販売する保険のpremium (insurance floatという)を使ってレバレッジをかけているのだが、その定量分析も論文に掲載されている。さらに加えると、Low Volatilityをlongする戦略は手数料の低いETFとしても商品化されており、例えばPowerShares S&P 500 Low Volatility ETF (SPLV)はパフォーマンスの良いETFである。このETFは2016年1月の暴落以降、「質への逃避」のせいで人気が集まりすぎている気配さえある。 Disclosure: 著者は2016年7月26日現在 Berkshire Hathaway (BRK.B)の株主である

さて、レバレッジを万歳するかのような書き方は不本意であった。レバレッジはこれ以上良い銘柄選択ができなくなった時の、最後の手段であることを覚えておかなければいけない。ここまでに書いた内容のある程度をきちんと疑ってほしい。一番警戒すべきはテールリスクである。先ほどのA社株 6\% \pm 8\% と書いたが、本当に8%までしかダウンしないなんて保証があるだろうか? もし何らかの突発的ニュースで株価が一度に30%下落したとしよう。この場合、4倍レバレッジのかかったポジションにおいては-120%となり一発で破産する。ゼロになるだけならまだしも、債務超過で借金取りに追われるようになったら本当に人生が辛くなる。単に期待値と標準偏差を定数倍するだけのリスク管理では、低い確率で起きる大暴落に対する備えができないのである。これに対して、現物でB社株を買うだけならゼロより下に行くことは絶対にない。Low Volatility Anomalyは、レバレッジの持つこのような恐ろしさに対してあらかじめかけられた保険料だと見ることもできるわけだ。著者はたとえWarren BuffettやCharlie Mungerが引退してもその銘柄選定眼が後継者に受け継がれると考えている。したがってBerkshireを長期保有するつもりではいるが、保険というビジネスはテールリスクが敵となるビジネスなので(実際Berkshireは2001年の911で莫大な再保険料を払うことになったし、2008年の金融危機でも大きく傷ついた)、同社株に対するput optionを使って時々は保険をかけている。

さて、レバレッジの恐ろしさを思い知ったあなたはここで知的探索を諦めるだろうか?諦めるとは、バカになって単に流行しているIT企業またはバイオ企業の株を買うことである。それとも、もう少しばかり著者に付き合っていただけるだろうか? 知的探索とは、このLow Volatility Anomalyをもっと賢く利用する方法がないか更に考えることである。そのヒントの最後は前段落の最後の一文にある「保険をかける」ことである。株式にレバレッジをかけつつ暴落時は保険により破産しないで済む方法 – そのような狡猾なポジションを可能にするアセットクラス。我々庶民に与えられた最後のバズーカがcall optionである。

Low Volatility株のレバレッジに関するこの記事は複数回に分ける。次回はcall optionを使ったレバレッジについて紹介するとともに、プログラミング言語Rを使って定量的にリスク・リターン分析を行う。Call optionを使った投資も一番大事なのはリスク管理で、特にどれだけの量のCall optionを買いつけるかが肝になる。Call optionのロングは、直感で買う分には単にパチンコで浪費をするのと同様の結果に終わる。しかし理性と忍耐がある投資家には一流のベンチャーキャピタル並みのパフォーマンスがもたらされる。金融市場で働く計量経済学者たちと同様のアプローチに踏み込むので、楽しみにしてて欲しい。

 

 

 

Economic Moatの機械学習モデル

バリュー投資を行う上で、誰にとっても客観的で有効なのは財務諸表から計算されうる定量的な説明変数をもとにバリュエーションを行うことである。一方で、コカ・コーラが持つ莫大なブランド価値のように、キャッシュフローに直接影響を与えている、定性的だが強力な側面を見落としてしまうことは望ましくない。このような定性的側面の見落としは、特に環境変化が大きい時期には致命的である。新興企業の一部が既存プレイヤーの利益を侵食した場合には、今までのキャッシュフローを単に外装して予測したものが正しくなくなるためである。

競合他社がそう簡単に破ることのできない、既存企業が作り上げた参入障壁はよくEconomic Moat (堀)と呼ばれる。Moatをバリュエーションにどう反映するかはプロの世界ではアナリストやファンド・マネジャーの重要な仕事であろうし、アマチュアとプロの差が出やすい領域と考えられる。

著者はアマチュアの側なので、アマチュア投資家あるいは金融業界のアウトサイダーにとってメリットが有りうるアプローチを取り上げる。紹介するのはMorningstar社が行っている、機械学習ベースの半定量的 Moat予測モデルである。以下の3ステップからなるアプローチを半と表現した。

  1. 人間のアナリストがカバーしている一部の有名企業に対して、彼らが自分の知見をもとにMoatスコアを手で与える
  2. 財務諸表から生成される説明変数Xと従属変数であるMoatスコアYとの対応関係、つまり Y = f(X) + ε の 関数 f を、大企業データに対して機械学習を用いて学習する
  3. 1.でカバーされなかった中小企業の財務諸表から得られる説明変数X に、2.で得られた関数 fを適用することで、人間がカバーできない多くの全ての企業のMoatを定量化する

時間のある人にはこちらのレポートを直接読んでもらうこととして、簡単な補足を加えてみる。

関数 f には、機械学習分野ではよく知られている Random Forest という手法を用いている。Random Forestを用いているのは多変量非線形の関数を取り扱うことができる汎用性の高さと、個々のtreeが出す予測値の違いを利用してuncertainty (使われた学習データだけからは判断のつかない不確実性)を容易に定量化できるためである。機械学習アルゴリズムは他にもいっぱいあって Gradient Boosted Decision TreesとかDeep Neural Network などを使って更に精度を上げることも可能であろうが、アルゴリズムよりも以下の視点の方が投資家にとってずっと大事である。

  • 説明変数 X  にどのような指標を入れるべきか
  • モデルのバイアス / バリアンス(不確実性)がどれほど存在するか
  • 予測されたMoatスコアをどのように利用するか

 

著者が種々のバリュエーションのテキストを読んだ時に、よく以下の点が気になる。

  • Value Driverとなる説明変数の数が増えるたびに、不確実性が増す

この不確実性増加問題は、Valuationの大家であるNYUのAswath Damodaranも例えばCAPMにおけるbetaの推定を題材として取り上げている。

不確実性が高いというのは、機械学習界隈ではバリアンスが高いとか過剰適合の問題として知られている。より表現能力の高い(バイアスの低い)モデルを作ろうとして学習データにのみ当てはまり将来のテストデータでは的外れな関数を適合してしまう、というよく聞く話である。

バリュエーションでも一般的な機械学習問題でも根っこは共通だが、一つ着目すべき違いもある。バリュエーションの場合、fは最終的な株価を予測する式ではなくて、来年度の売上など理論株価を計算するための中間変数を予測する式になることが多い。つまり説明変数が確定値ではなく確率的であり、不確実性がさらに余計に乗るわけだ。しかしこの問題を無視して各種ドライバーを確定的に計算してしまうアナリストは多く存在する。不確実性は説明変数の数が増えるとどんどん増していくわけだが、その定量化をもしRandom Forestのような枯れたアルゴリズムを使ってそれなりの精度で計算できるなら、投資判断の精度が少しは上がるだろう。

この仕事であるが、単に投資に役立つというだけでなく、機械学習の産業応用として良い例だと思っている。昨今の人工知能ブームの影響か、機械学習のおかげで既存事業のドメイン・エキスパートが必要なくなるという意見を見かける。しかし、このMorningstar社のケースでは、アナリストとシステム両方があることでむしろMorningstarの強みが強化されている。正解データとなる大企業のMoatスコアは、アナリストが入力しなければ不在のままでアルゴリズムは何もできないのだ。この機械学習Moat予測システムの生態系は、客観的な予測のできる優れたアナリスト、daily levelの財務データを低いコストで入手できる業界内の立場、そして財務プロと協業する意思のある統計学者の3者がシナジーを発揮することでできている。

正解データというと、システムトレードに親しんだ人は単純に株価の(例えば1年間の)リターンを従属変数にしようと考えるだろう。しかし著者の個人的意見ではリターンよりもMoatを予測する方が良い。市場が適切な株価を与えていて旨味のある投資機会が存在しないか、それとも過小評価された株式が存在するかはその時々によって違い、非定常である。この非定常性は、独立なランダムネス由来のノイズとは違っているので、単に従属変数に追加でノイズ項が加わっていると仮定するのはナイーブである。従って、リターンを直接予測してポジションを取るよりも、適切株価を誤差つきで計算して、その下限よりも現在株価が安い時だけ買うという保守的アプローチの方が成功可能性が高いだろう。