問題と事業は選べる(そして選びなさい)

半年ぶりの投稿である。ブログは滞っていたが仕事や私生活では多くの学びがあって、それなりに充実した半年間であった。毎回数式やグラフを書いていると執筆が滞りすぎること(つまりこのブログは去年ダッシュしすぎたということだ)を考慮し、文章だけで良いからもう少し頻度を増やそうかと考えている。そう考える理由は、ここ最近良い研究トピックに出会って趣味レベルの数式をブログに書くよりもpublish or monetizeに集中しようと考えるからだ。本日書くのは、3年くらい前からずっと感じていることで、研究テーマの選択と事業領域の選択に関する共通性である。

問題を解くのではなく発見する

研究者の世界では、新しい問題を発見してかつ自力で解いた人が大きく評価される。既存の問題の新しい解法を発見した場合でも背後の数学や実験がきちんとしていれば論文にはなるが、どうしても後追い・インクリメンタルな改良として次点の評価になりやすい。改良型の論文が評価されにくいことを嫌がる人もいるようだが、第一人者を最大限賞賛するこの文化を著者個人は正当だと考えているし、これこそが研究にギャンブル性を持ち込む面白い点だということで気に入ってもいる。

他人の定義した問題を改善する研究は数式を不必要にこねくり回すことが多い。著者のように、数理的・統計学的アプローチの研究では特にそうだ。たとえば既存の研究に調節が難しいハイパーパラメータ (この単語の意味がわからない読者には、アルゴリズムのふるまいを調節するバルブだと思っていただければよい) があったとしよう。そのハイパーパラメータを合理的に決める方法 or 最適値の解析解もしくは近似解は、その導出が厳密なら一流論文誌や国際会議でpublishできる。大概、その厳密な導出の背後は複雑な積分値と、その上界 or 下界を与えるための不等式 (それどこから持ってきたの? と言いたくなることが多い) の山になる。

導出までシンプルな研究成果ならいいけど、難しい数式の山を見ると (かつては著者もそういうものにのめり込む傾向があった)、こう思ってしまうのだ。

  • その難しい数式に納得できない人は、その研究成果を利用しようと思えないのでは?
  • その数式をさらに展開させられるような一部の数学エリートでないと、この研究の先が発展しないのでは?

もしあなたが研究成果に関する全てを支配したいなら、複雑数式論文もありだ。けれど、あなたの研究目的が小さな世界での独占ではなく、社会全体の発展に寄与すること、そして第一人者としての名声 or 金銭をいくばくか得ることなら、研究成果はむしろ単純な方がいい。単純な事実と結果との対応であれば、それを応用したい人が実務家・研究者の双方で増えるだろう。そこであなたのフォロワー (Citationの増加を含む)が増えることで、あなたの目的が最大限に達成される。

そういう背景事情があるからこそ、すでに大枠が決まってしまった問題で数式をこねくり回す人より、社会的意義があるが皆が気づかなかった新しい問題を発見・わかりやすい解法を見つけた人が評価されるのである。解法の難度としては、あらゆる人間が理解できなくてもよいが、ある程度素養がある人が十分理解できると素晴らしい。更には、トリッキーなアイデアに支えられていて、盲点で気づかなかったが言われて見れば当たり前な方法は良い評判が得られる。コロンブスの卵である。

で、今日コメントしたいこと。研究の世界では多くの研究者仲間で広く合意があるこのカルチャーは、ビジネスの世界に全く共通のものがあっておかしくないはず。しかしビジネスの世界では、これと逆をわざわざやって不必要な茨の道を歩む人が沢山いるように思えるのだ。Amazon社のように最初にわざと困難(e.g., 赤字続き)な道を歩くことで圧倒的シェアを確保し、あとから独占を謳歌する戦略ならまだわかる。でもこの2年間くらいで著者が見かけた人々は、このような長期戦略があるわけじゃなくて、「ただ痛みしかない茨の道」を選んでるように見えた。


ジェフ・ベゾス 果てなき野望-アマゾンを創った無敵の奇才経営者

投資家は事業を選べる

もしあなたがプロの雇われ経営者で、ヘッドハントされてある会社のCEOになるよう説得された場合。そのオファーを受諾すれば、あなたが個人的にどんな事業に興味があるのかに関わらず、その会社のコア事業をまずは何とかしなくてはならない。それが株主や顧客・従業員に対する責任であって、それが嫌ならCEOになってはいけないのである。そしてこの選んだ事業が、どんなに優秀な経営者であっても構造的に復活させようがないということは実際にある。Warren BuffettがBerkshire Hathawayを買収したとき、最初は繊維産業を復活させようと悪戦苦闘したが結局断念したことを思い出して欲しい。

しかしBerkshireは投資会社としてその後劇的に成功しており、Buffettの経営者としての能力は高いものであった。問題は当時の繊維事業のほうである。投資は経営者ではなくて事業に賭けなければならない。Buffettは「馬鹿でも経営できる会社を選びなさい。いずれそういう人が経営につくのだから」と言っているし、投資の世界では「競馬と逆で騎手ではなく馬に賭けろ」と言われる。なお競馬では騎手に掛けるべきなのかどうかも著者は知らないので、もしかしたら「競馬と同じで騎手ではなく馬に賭けろ」かもしれない。著者の友人には尊敬できる経営者もいるし彼らの成功を願っているが、彼らのビジネスに対する率直な評価は経営者個人の資質よりも彼らがどのような事業を行うのかの方に常に向けられる。

世の中には構造的に参入障壁 (堀) が気付きやすく安定したキャッシュフローが得やすい事業形態と、参入障壁がなくて過当競争で延々と苦しむ事業形態との区別が厳然としてある。この点に関しては世の中は全く公平に出来ていない。あなたが人生全体を自虐に捧げる気がない限り、投資は前者のタイプの企業を選ぶべきである。キャッシュフローが予測しやすい会社は株価の妥当値が計算しやすいため、株価が下がったときにそれが本当に割安かどうかも判定しやすいのである。

ではどのような事業が深い堀を持っているのか。この点について述べた参考書はいくつもあり統計的分析と絡めた良書が著者のお気に入りである。しかし統計分析まで行かなくても、たとえば下記のパット・ドーシーの著書は良い知見のオンパレードである。あまりにオンパレードで覚えきれないので、ときどき読み返している。単なるおすすめコメントだけだと納得しないであろうから、一例だけ抜き出そう。アメリカの場合、プロパンガスを集合住宅に供給する会社は安定して利益率が高いのだ。なぜでしょう?


千年投資の公理 ──売られ過ぎの優良企業を買う

その一つの理由は、建物の大家がガス会社をいちいちスイッチするのが面倒くさいからである。そしてこの面倒くささは、プロパンガスのタンクが買取ではなくリースによって運営されていることで強化される。業者を変える場合、自分の保有するタンクをそのままに単に補給源だけスイッチするというわけにはいかず、ガスタンクの設置・撤去などで高い手数料を取られるかもしれない。スイッチコストの高さからガス会社を変えないという大家は多いようで、プロパンガス会社は大したイノベーションがないにも関わらず高い利益率を延々と享受している。無論のこと、この高いガス代は大家および居住者が結局余計に支払わされることになるのだが。

一方で、おなじエネルギー関連産業でも石油精製企業は利益率が低い。なぜだろうか。その答えは、石油精製物はプロパンガスと違って軽く、パイプラインで容易に他の地域から運ぶことができるからである。その結果、顧客は絶えず遠方の石油精製会社からより安い精製物を運んできてコスト削減しようとするそうだ。この場合、規模の経済によって独占状態のグローバル大企業が勝つか、または価格競争で全社共倒れになる。プロパンガスは石油精製物と違って輸送コストが高く、ローカル企業が生き残りやすい。これだけ書くと読者にも想像がついてくると思うが、物理的に重いものを扱うビジネスではローカル企業がグローバル企業に勝てるケースが散見される。砂利会社などもそうだ。

他の儲け方としては、銀行が引き落とし口座を変えたがらない顧客が多いのを悪用してATMの手数料を毎年値上げしている構造などが紹介される。顧客満足度が高い企業は将来大きな利益をあげられるという考え方が盲目的に信奉されているが、おそらく「価格をインフレ率以上にあげても顧客の満足が変わらないこと or 顧客が逃げないこと」というのが本質的なビジネスの強さだろう。Berkshire傘下のSee’s Candyというチョコレート会社があるが、この会社は驚異的でインフレ率+数%のオーダーで20年以上コンスタントに値上げをしてきたにもかかわらず顧客が離反しなかった。著者はSee’sは甘ったるくて全く好きでないのだが (スイスのLindtの方がずっと好きだ)、著者がマズいと思うチョコレートでも中毒になる消費者がいるのだからこのビジネスは大成功である。それ以外の、価格を割り引いてあげたから顧客が満足しているというのは、トラックすべき顧客満足度とは違うのである。どうもこの点が我が国では総体として理解されていないように見える。

起業家と就活生も事業を選べる

さて、投資家は構造的に不利な業種を避けて選択が可能であるが、家業を継いでしまったなどの特殊事情がない限り、他の立場の人も実は事業を選べるのだ。その筆頭は起業家である。起業家の成功の80%は選んだ事業で単に決まっているのではないかとさえ思う。社員が少ないうちは事業のピボットは可能であるものの、勝ってもほどほどのリターンなのに負ける可能性が高すぎる事業は始めから無視すべきではないだろうか? あなたがわざわざやらなくても他の、おそらくはあなたの代わりに犠牲になる起業家や、もしは既存の企業がやってくれるのではないか?

更には、単に就職・転職する立場の一般労働者も選択が可能だ。ここで注意すべきは、構造上儲かりやすいが労働側はコモディティであり、人件費が抑圧されている業種もあることである。こういう企業は投資家として株を買うだけに留めて社員になるのはやめた方が良い。でも人件費がそれほど抑圧されていないようであれば、その会社への就職を実際に考えても良いのでは? プロパンガス会社の社員の給料がどの程度かは著者にはわからないが、もしまぁまぁの水準なら、しょっちゅう宣伝が出ているインターネット企業よりも、無名のプロパンガス企業に行った方が賢いんじゃないか?

しかし起業家も就職を考えている学生も、驚くほどに業種の選択に対して無知であるように見える。巷にはリーダーシップやシリコンバレーの文化に関する本が溢れている。そしてそれらの自己啓発的な内容に触発されて最も参入障壁のない世界に突撃する人は後を絶たない。もちろん、例えばビジネスSNSのLinkedInのように、インターネットの世界では勝者になれば、ネットワーク外部性・winner-take-all現象によって驚くほどの利益を享受できる。しかし内心勝てるか疑問視している人は、別の道を考えて良いと率直に思う。またプロパンガスはニッチ企業だがインターネットはメジャーだという意見には異を唱えておこう。先ほどのパット・ドーシーのリファレンスにはメジャーな大企業であってしかも堀をたくさん持ったビジネスの例が多く出てくる。このリファレンスの方が起業マニュアル or 自己啓発本よりずっと役に立つと著者は思ってしまうのだが、いかがだろうか。

投資アドバイスを聞いて株を買う代わりに就職先を決めたって何の問題もない。株式投資の標準的教科書は間違いなく就職活動に役立つのだが、株はでたらめな書籍が大量に出回っているため、初学者が真のテキストになかなかたどり着けないことが問題なのだろう。

知られていないが、より有利な選択

再び研究の世界に少し戻って、著者がこの10年間で観測した面白い話を一つ紹介したい。著者のメインの仕事である機械学習モデリングでは、ディープ・ラーニングが全盛を迎えていることは多くの人が知る通りである。このディープ・ラーニング技術の三大巨頭として知られるGeoffrey Hinton, Yann LeCun, Yoshua Bengioの3人はいずれもカナダの大学教授であった。このうち、Yoshua Bengio教授やその弟子の論文を著者は、意図せずたまたまであるが10年前に集中的に読んでいたことがある。ただしその頃駆け出しのひよっこだった著者はBengio教授らの深淵な計画を理解することができず、Bengio教授のやっていること (how) を知ることは出来ても、なぜこの研究をやっているのか (why) が理解できなかった。そしてディープ・ラーニング研究を先回りすることなどは全くできなかったのである。

当時読んだ論文で今も覚えているのは [1][2][3] あたりである。当時の著者は高次元空間で多峰性を持つ確率分布の精密な密度推定に関心があって、k-近傍法による局所的な主成分分析を行う [1] から読み始めた。この論文の考え方は難しくなく、著者自身の研究ではこれを上回る方法をBayesian Nonparametricsで賢くやろうと考えていた。

  • そもそもより複雑な数理手法で既存の単純な方法に勝とうという、こういう発想が二流であってアウトなのだ。他人のフィールドでプレイ失敗する愚を著者自身も経験しているからこそ、こうして後進に伝えたいと思っている。このときに書いていたWorking Paperはその後別のトピックを見つけたせいで全てお蔵入りにした。このスイッチの意思決定だけは正解であった。

しかしその後Bengio教授たちは[2][3] でニューラルネットを使った手法にこだわっていた。著者には、当時は不安定な推定手法であったニューラルネットを使う合理性が感じられなかったし、なぜ彼らがニューラルネットの道を突き進むのかも理解できなかった。今となっては、Distributional Representationの考え方とか、彼らの構想のほぼ全てが本質を突いていたことがわかる。後知恵を更に書くなら、当時まだマイナーな研究をしていた彼らにコンタクトして、その後のいくつかのディープ・ラーニング論文のブレイクスルーに参画することも可能だったかもしれない。そして、それほど人気のない彼らの一団に加わるためには当時なら競争は必要なかった。とはいえ、howしか見えずwhyが理解できなかった当時の著者にはこの選択は不可能である。

ここで更に面白いのは、この3巨頭教授たちがいずれも、コンピューター・サイエンスとビジネスのメッカとされるアメリカではなくカナダで研究していたことである。カナダの大学院はいずれも良質だが、競争の激しいアメリカのトップ大学院に進学するよりは当時は倍率が低かったのではないだろうか。Bengio教授の研究室ホームページには、「私たちはhard workする。けれどここはカナダであってアメリカではない。死ぬまで働くようなことはしないよ」と書いてあった。熾烈な競争を勝ち抜いてエリートになったけど、それとは違う傍流にいった人たちの方が後で大きく勝つなら、いったいそんな熾烈な競争とやらをする意味は何なのか? なぜハーバード、スタンフォードの難しい入学試験を受ける必要がある?

独立独歩、そしてカナダ発のディープ・ラーニングの成功は、目立つ世界で脚光を浴びることばかりに目がいって競争に明け暮れ、道端に落ちている金塊に気づかないことのバカバカしさを教えてくれる。今でこそディープ・ラーニングが脚光を浴びている存在だが、当時はニューラルネットにこだわった人たちこそがプロパンガス会社であり、他の複雑な数式に拘泥した人々は掘がなく倒産してゆくインターネット企業だったのである。

見てくれの恐ろしさ

結論は月並みである。人々は脚光を浴びることとか、儲かってそうに「見える」こと・活躍してそうに「見える」ことに惹かれすぎ、そして過大なコスト(e.g., ブランド料)を払うのだ。小さな国・村社会で育つとそういう発想が強くなるかもしれない。そんなとき、テレビやウェブサイトを閉じて家族の顔を思い出してほしい。儲かるように見える方の事業ではなく、実際に儲かる事業に参画することで、貴方は支えてくれる人たちに恩返しできる。幸せがあるのはそちらの方だろう。

Reference

[1] P. Vincent and Y. Bengio, “Manifold Parzen Windows,” Advances in Neural Information Processing Systems 15, 849-856, 2003.

[2] Y. Bengio and M. Monperrus, “Non-Local Manifold Tangent Learning,”  Advances in Neural Information Processing Systems 17, 129-135, 2005.

[3] Y. Bengio, H. Larochelle, and P. Vincent, “Non-Local Manifold Parzen Windows,” Advances in Neural Information Processing Systems 18, 115-122, 2006.