遅い社会と早い個人のLearning to Learn

人工知能による失業増大はよく議論されるが、その実態と個人レベルでできる対策について掘り下げてみたい。書き下してみたら非常に長くなってしまったので分けようかとも思ったのだが、これらのトピックが一連でつながっていることを強調したかったため、あえて一投稿とすることにした。後日分割して同内容を再投稿するかもしれない。

AIにより失業する可能性の高い職業と、逆に需要の増える職業について議論した論文が2013年に発表されて話題になった [1]。その著者の一人であるMichael A. Osborne教授は、オックスフォード大学において著者と同じ建物に勤務している。紅茶を常にloose leafで丁寧に入れる穏やかな方だ。どこまで論文の予想を信じるべきかについて、Gaussian Process (GP)を使ったこの論文のメソドロジーを聞いたりもしたのだが、最近正式なジャーナル論文になっていたので最新版をReferenceに載せておいた。

  • 著者が個人的に思う彼の論文の良いところは、予測だけでなくその予測がまちがっている可能性のある不確実性についても評価しているところである: GPの強みだ

論文の中身には立ち入らないが、内輪のワークショップで彼が楽観的にコメントしていたことを強調しておく。AIにより失業する職種はたくさんあるが、人の心や日常生活に寄り添う仕事といったカテゴリーの中に増える仕事もたくさんある。若い世代にとっては、単に親の職業と類似した職業を選ぶという愚を犯さなければ良いだけのことで、自分の興味を持ったことがらを突き詰めて楽しんで学んで行ってほしいとのことだ。我々の世代が職業選択/キャリア構築の際に採択していた規範は、メタレベルでは未来でも有効なのである。

  • もし著者があえて批判的に見るなら、論文内の予測が外れる可能性が高いのは芸術家に関する楽観部分だろうか。ただ具体的予測の一部が期待値がずれるのは確率的予測の宿命なので、これは批判ですらない。そしてこれはOsborne教授の意見ではなくて、学習データとなったアンケートに答えた人たちがそのような考えを持っているというだけである
  • 芸術的才能をもった人たちの需要は増えると答えた人が多かったが、たとえばAlgorithmic Compositionの今日の発展 (実はこれは不連続な変化ではなくてXenakisなりDavid Copeらから脈々と続いてきた活動であるし、12音技法の開拓以降はある種必然であった)を見るに、AIがある程度の創造性を提供していることを忘れてはいけない
  • この「ある程度の」創造性は、他の過去の芸術家の様式模倣という、Recurrent Neural Network / Convolutional Neural Network等が得意なものもあれば、
  • 過去の様式上今まで聴いたことがないが、生成されたものが芸術的に高い価値を認めうるという様式レベルの汎化能力を獲得するものまで幅がある
  • どちらの場合も作曲家にとっては職業上の脅威になりえる。一方で、作曲家もAIに教えてもらいながら独自の作品を創ることで、人間の創造性が拡大される可能性も高い
  • 囲碁AIの生んだ新しい戦略によって人間棋士が学びやすくなっている現象と似ている


Algorithmic Composition

さて、著者が今日議論したいことは、本当の脅威はAIそのものなのだろうか? AIが脅威とリンクしやすい今日の社会構造の方ではないか? という問いである。どちらが真実なのかという答えは著者個人は持っていない。しかし最近、後者の考えをいくつか発展させてみたので、読者諸賢のキャリア上の参考として、書き下したいと思う。

今日の要旨

  • すべては新環境に適応する速度の問題である
  • 速度をゆるめる政治的圧力をかけるか、個人が学習速度を速めるか、選ぶ必要がある
  • 一般的には、社会変化速度を出来るだけ抑えつつ、個人の学習速度を最大化するのが良い
  • ただしAIに関しては社会が低速に進むことを期待できない
  • 個人にとっての学習速度を最大化するために、「学び方について学ぼう」
  • 安心せよ。次第に学習速度が加速し、経験ある人は初学者より早く学べるようになる

予測できる人 / 早く学習する人

優れた起業家は自分の作り上げたビジネスを、他社にdisruptされる前に自分自身でdisruptできる。Amazon.comが紙の本で確固たるビジネスを作り上げた後にKindleで書籍部門の利益を少なくとも最初は容赦なく食べていったのは良い例である。真実かどうかはしらないが、Jeff Bezos氏は電子書籍の担当者にお前たちの使命は紙の書籍部署の連中を首にすることだ、とハッパをかけるという噂もある。このような自己否定的傾向は、Christensen教授による有名な「イノベーションのジレンマ」を避けるために不可欠である。

起業家レベルまでいかなくても、柔軟な思考回路を持った労働者はうまく担当事業を変えて行く。例えAIによって自らの現在のビジネスがdisruptされる日が来るとしても、その審判の日が訪れるまでにはタイムラグがある。彼らはこのラグ期間に新しい分野を学び、Nextビジネスを見つけ出す。専門領域の滑らかなシフト・拡大を測っている人たちは、時間とともに変わるビジネスフィールドのどこにおいても充実した人生を送っている。

  • 著者が、撤退オプションを残しつつも、マーケティング・広告領域からファイナンス・投資領域に移ってきたのもこれと関係がある

さらに話は起業家・労働者にすら限らない。政府レベルでこの思考が徹底している国もあるのだ。代表的なのはスウェーデンである。衰退産業と新産業との間における労働力配分最適化という課題において、スウェーデン政府は衰退産業を切り捨てることに躊躇がない。有名な例はVOLVOとSAABからの救済申請却下である。スウェーデン政府は過去に船舶事業会社を救済した結果、長期間低成長率に苦しむという痛い目にあった。過去の失敗から学んだ彼らは、ゾンビ企業を容赦なく切り捨てる方針を採用した。しかし同時に、福祉国家が長年提供してきた社会安定の維持に腐心した彼らは、代わりに包括的な職業訓練プログラムを提供し、労働者に新しい産業への適応時間を与えた。著者が見る限り、この方法論は福祉の源泉となる経済利潤の確保と社会不安の回避という二つのバランスをとる上で、現実解の中での理想に近い。

  • ムチ (厳しい市場競争) とアメ(福祉予算による訓練プログラム)のうまい組み合わせである
  • もちろん、ターゲット先の産業を間違えたらどうするんだ、職業訓練プログラムで本当に現在ではなく未来役立つスキルがつくのかという詳細点は議論がある
  • しかし自動車工が3年訓練でバイオマス発電技術者として転職したケースなどを見るに、
  • 単にレッセフェールで失業者放置 or パターナリズムでゾンビを延命するよりは実践的にworkしているとは言えるだろう

スウェーデン・パラドックス

さて、このような機動的なシフトができる起業家・労働者・国家とそうでないところとの間にはどのような差があるのだろうか。確実に忘れてはならないことは、タイムラグを利用したシフトには当然のことながら期限があるということである。この期限内のシフトを成功させるようなメソドロジーが、社会のどの意思決定階層においても必要である。ゆえにどうやったら早くシフトできるんだ? というのが真の問いであるべきだ。加えて、シフト先を間違える(起業家の場合は参入市場の選定、職業訓練の場合はターゲット産業)と巨大な損失につながるので、少なくともランダムよりはましな確度で次に伸びる場所を創る or 特定する必要があるように思える。しかしながらもう少し考えると、後者は実は優先順位としては2番目で、早いシフトさえ達成すれば細かいことは忘れてよいことに気づく。

  • 最優先である早く学習する能力が身についていれば、選定を間違えて失敗してもまたquickに別のことにtryすれば良いだけだからだ
  • また社会的な未来予測というものは、過去にてんで間違って予言ばかり提供してきた。そういった不確実性の高すぎる予測を信頼して行動するのは理にかなっていない

本当の脅威はAIではなくてhyper-connectivityかもしれない

なぜAIによる失業が、過去の技術革新による失業よりも深刻に捉えられているのか、読者諸賢はどう受け止められているだろうか。ITはあらゆる事務職員を危機に陥れた。インターネットは小売業や証券会社を危機に陥れた。こういった過去の創造的破壊と、AIによる創造的破壊は何が違うのだろうか。

一つの答えは、機械学習および強化学習 / 一般的な最適化アルゴリズムを学んでいるとはっきりわかるが、AIの適用範囲・役立つ範囲が広すぎるためである。Amazon.comが出てきたとき既存書店は彼らの存在をある程度認識していただろうが、家電量販店は書店ほどには当初脅威とは思っていなかったのではないだろうか。しかし書店で橋頭堡を作ったAmazon.comは全てのRetailerの脅威に変わった。想像していなかったところからやってきたダークホースが自らのビジネスを脅かす、というのが広範囲に使える技術がもたらす社会現象である。そして弱いAIにせよ、AGIにせよ、AIはこのような性質を広く持っている。ロンドンの変わったスタートアップ (注: Googleに買収される前のDeepMind社のことだ) がATARIのビデオゲームを自動で解くおもちゃを作っていたと思ったら、その背後にある技術がいつのまにか銀行家にとっての脅威になっていた、というようなことだ。脅威が 迫ってくるまでの時間が以前より短くなっているため、人間側の準備が間に合わなくなっているのである。

通常はローカルコミュニティに閉じているはずのクラスター化された社会ネットワーク構造において、その汎用性の高さゆえにクラスター境界を想定外の高速度で超える技術がいくつかある。機械学習に基づいたAIはその波及速度が人類の歴史において最速にあたるだろう。古いエキスパートシステムには人間が予測器を設計することに由来する顕著なボトルネックがあったが、機械学習はこのボトルネックをはるかに減らしてきた。

そしてネットワーク化された経済ではwinner-take-all効果が高まる。世界最低の調達コストを実現した一部の企業が全ての利潤を独占したりする。以前紹介したバリュー投資の分析で、グローバル企業によるwinner-take-all現象を逃れて生き残る数少ないローカル優良企業は、砂利運搬業のように物理的に重いモノを仲介していたことを思い出そう。物理的な制限のないアイデア: 例えばアルゴリズム上のイノベーションは物理的なものよりも早く普及し、その利得分布におけるheavy-tail性を強める。一部の強い人だけに富が集中してしまうのである。


千年投資の公理 ──売られ過ぎの優良企業を買う

一つの技術変化が急速に全てのノードに影響するような社会システムは、hyper-connectedネットワークであると言えるだろう。グローバリゼーション・IT化で準備されていたhyper-connectivityに対してAIという燃料が投下されたわけである。

さて、hyper-connectivityによるダークホースの脅威にいつも晒される社会では、守る側の立場は何が自分の脅威になるのかを絶えず監視していないといけない。そのためには、自分にとって馴染みのなかった新技術が自分のビジネス領域をどう変えてしまうのか、優れた仮説立案能力が必要である。AIに限らず、自分のビジネスと新技術の組み合わせによる正/負の影響を客観的に考えるだけの頭脳が必須となるが、技術的詳細に立ち入らずにこれを行うのはほとんどの人にとっては困難であろう。確実な方法は技術的詳細も含めて学ぶことである。その結果、端的にいって複数の新しい技術を早く学べない人は仕事がなくなるのである。

新技術の恩恵を広く行き渡らせつつも、hyper-connectivityに由来する脅威を緩和するにはどうすべきか。一部の人が解だと思っているが実際にはworkしないアプローチが1つあり、現実解は2種類あると著者は考えている。変化を拒絶するという態度はWorkしない。何故なら自社が新技術の採択に臆病になっていても、外国の競合他社は非常に積極的であることが大半だからである。変化を拒絶するのはその経営者の勝手だが、遠からぬうちにその企業が倒れるだけだ。では現実解の2つは何かというと、1つ目は普及速度を社会的にゆるめることで、2つ目は個人が普及速度に追いつけるよう早く学習することだ。それぞれの方法の利点や可能性については歴史が教えてくれるので、分けて議論しよう。

1. 普及速度を緩める: 過渡状態の重要性

実はhyper-connectivityはインターネットに限ったものではない。グローバリゼーションと金融自由化という過去の波はいくつもの教訓を提供しているのでそちらを紹介しよう。

社会が状態Aから状態Bに移行するとき、たとえ状態Bの方が長い目でみれば望ましいものであったとしても、AからBへの移行速度が早すぎると多くの問題が生じる。これを顕著に見せたのが1997年のアジア通貨危機やソビエト崩壊後のロシアにおける急速な民営化であった。保護主義や統制経済から自由主義市場経済への移行が最終的に望ましいとしても、急激な自由化は急にやってきてバブルを引き起こし急速に引き上げるたぐいの国際金融資本を惹きつけてしまう。マレーシアで当時のマハティール首相が採用した一見不合理な資本統制が、過渡期を上手に乗り切るという観点ではタイやインドネシアよりも賢かったことは今ならわかるだろう。だからといってマレーシアは別に外資の参入をずっと拒絶し続けているわけではないし、資本主義国としての道をきちんと歩んでいる。理想状態だけではなくそこに至るための過渡的なパスを熟考すのが大事なのだ。Amazon.comが最終的にはなんでも売るつもりであっても、最初は書籍からスタートしたのと同様である。


世界を不幸にしたグローバリズムの正体

この過渡期の設計を間違えると、長期間たった後でさえ目標未達の貧しい状況になりかねない。たとえばチリのピノチェト政権時に行われたような、南米で行われた急速な右派的自由化は大資本の支配を通じて反米的反発の拡大をもたらしてしまった。今でも南米では共産主義がworkすると信じる層が残っているようである。資本主義が、急速な格差拡大でなく多くの広くの層への恩恵につながるという実感を、少なくとも西ヨーロッパや東アジアと同レベルで南米市民が享受していたならば、ポピュリズム由来の誤った信仰は今日の南米のようには強くなかったはずである。ボリビアやベネズエラは誤った信念によって悲劇的な失敗の道を辿った。

  • 著者の個人的考えでは、亡くなったウゴ・チャベス元大統領は、少なくとも経団連のクーデターから救い出されて大統領に戻ったころはそれなりの高い理想を持っていたと思う
  • 彼は別に資本主義のシステムに詳しい経済畑の人間ではなく軍人であって、石油利権の恩恵に預かれない貧困層を救済する方法だったら何でもよかったのではないか
  • しかし制限のない自由化と隣り合わせの外国オイルメジャーとの利権闘争においては、社会主義に走る以外の選択肢は、少なくとも彼の頭脳では無理だったのであろう
  • そして絶対的な権力は絶対的に腐敗する。憲法を改正して禁止されていた3選を可能にした時点でベネズエラの暗黒未来は決まっていたようなものだ
  • そして彼の死後、同様に経済に疎いことに加えて、チャベスよりもさらに強権的で人望に劣る今のマドゥロ大統領になってはお察しの通りである


The Open Society and Its Enemies : the spell of Plato (Routledge Classics)

逆に速度やタイミングに慎重であったことで大きな恩恵がもたらされた例もある。政治の世界で著者が思い当たるのは、南アフリカ共和国のフレデリック・デクラーク元大統領である。アパルトヘイト推進側からキャリアをスタートした彼は、ある時期からアパルトヘイトの廃止に関心があったようであるが、ネルソン・マンデラへの歩み寄りというアクションを起こすためにソ連の弱体化を待った。これはマンデラ率いるANCがソ連との協力関係があることで、ANCとの和解が共産化を引き起こす恐れがあったためである。マンデラは当時はアメリカ合衆国からテロリスト認定されていた。

  • このあたりの経緯は著者も思春期に目の当たりにしたことを思い出しつつ、後日の解説をあやふやに理解しているだけである
  • もっと興味のある方は自分で調べてみていただきたい。著者にとっては、たとえばこちらの解説は包括的で学びになった。

マルタ会談からたった10日後にマンデラに接触を図ったデクラーク大統領に、著者はただひたすら感銘を受けざるを得ない。明らかにこれは周到に機が熟するのをまった結果であり、かつ条件が満たされたならば電光石火で動くべきであるという、手本の中の手本を示している。

デクラーク大統領がソ連の弱体化を待ったように、マクロな経済政策レベルでは最終状態までの遷移をわざと遅くすることで社会的な恩恵が増えることが多々ある。議論は次回とするが、待つ戦略は中国の老子の「無為」などにも見られて孫子につながっているほか、数理モデルのレベルでも過渡状態の分析は多くのインプリケーションを生む。ピノチェト大統領の背後にいたフリードマンやルーカスたちが、均衡への着目だけでなく過渡状態のダイナミクスにもっと気を使っていたならば、ピノチェトの評価も違っていたかもしれない。

一部の読者諸賢は、ここで議論した遅い行動の利点は、政治家レベルの社会的意思決定において発生していることに気づいているだろう。そしてAIの普及におけるインプリケーションを取り出そうとしたときには、過去の成功例の背後にあった前提条件を理解しなければいけない。マハティール首相やデクラーク大統領の英断は、自国だけが遅い変化を選択し他国がもっと高速な変化を選択したという短期的不利状況が、長期間の損失にはつながらなかったために成功した。デクラーク氏の場合、そもそも南アの白人社会が国際社会からの制裁を受け続ける覚悟をもっていたということで、経済ダメージはあっても政治資本が残ったという背景もある。

AIの急速な普及はグローバルな法人税値下げ競争と似ている。自分たちだけ抜け駆けして値下げするタックスヘイブン国家がいる限り、妥協してどの国家も下げて税収を圧迫せざるを得ない構造が原理的に存在する。同様に、失業による社会不安を危惧した政府が規制によってAIのより緩やかな浸透を考えたとしても、他国のもっと優れた企業がそれぞれの産業領域でAIの急速な活用により独占状態にいたるリスクを排除できない。政府がよほど愚か者でない限りは、AIの活用はビジネスパーソンのみなさん他社に負けず頑張ってくださいとしか言えないのだ。

  • それでも強引に規制をかけると、おそらくは過去に強い金融規制と不透明なコーポレート・ガバナンスを嫌って東京から香港やシンガポールに金融機関のアジア拠点が流出したのと同様の問題が、AIをフル活用した企業の間に発生するだろう
  • 政府が規制政策としてできるのは、せいぜい兵器開発や遺伝子操作にAIを用いる際の倫理上の問題について歯止めをかけることだけだ。そのような問題が大きくないもっと一般的な商取引においては、規制を入れた国の企業は単に衰退するだけであろう

そのようなわけで、遅い行動の利点を散々に紹介しつつ、AIに関してはこの利点があまり享受できそうにないという結論が得られる。それでも漸進的な変化を選択した先人たちから現代の私たちも大いに学ぶべきである。本題である個人レベルの意思決定の前にやたら前置きを置いたのは、例えばデクラーク大統領の英断から著者個人が受けた感銘を共有したかったためだ。

  • 政治レベルでの漸進性という観点では、近年の政治ではこれが顕著にまずくなっていると著者は感じている
  • サダム・フセインやムアンマル・カダフィが「独裁者だから」という理由で排除してしまった結果がどうだろうか
    • そもそもカダフィ大佐はインターポールにオサマ・ビン・ラディンの逮捕状を請求した最初の人物であった
  • ワッハーブ派の影響を受けたテロリスト達を世俗的な独裁者が押さえつけていた構図について、西側諸国の指導者たちはどの程度の事前理解があったのだろうか
  • もちろんサダム・フセインもムアンマル・カダフィも冷酷で恐ろしい独裁者だった。ただしそれが単に悪だから除去しようというのは、First-order effectしか考慮していない極めてnaïveな判断である
  • 彼らがいなくなった場合のワッハーブ派の活動というSecond-order effectを考慮していない限り、拙速な判断は大体の場合、災害につながるのである。

 


ぬりつぶされた真実

2. 「学び方を学んで」学習速度を早める

社会レベルでは遅い行動には利点があるがAIの文脈だとあまり利点を享受できそうにないという結論を一旦得た。もちろんこの結論はさらなる論考や実証で将来覆るかもしれないが、とりあえず是として進もう。個人レベルの行動、政府は一旦放っておいて私たち個人ができる行動についてはどうだろうか。こちらの結論は極めて明確で、出来るだけ早いことが望まれる。ロジックはこういうことだ: 社会ができるだけゆっくり動く一方で、個人がその変化に先回り or 十分に余裕を持って追いついていれば、過渡期につきものの混乱を最小化した上で良い移行が達成できる。個人が社会よりも早いことが大事なのである。

前回のブログではゆっくりと漸進的に研究を進めてシグナルを取り出せと書いて、これは相反するメッセージのように移るので先に明確にしておく。インプットを高速に、アウトプットを低速・品質重視で個人は動こう、というのが鍵である。他者や先行技術の理解には広範な範囲をできるだけ早くカバーする必要がある。自分の独創性を加えたオリジナルワークは、自己否定的・懐疑的な検証によって品質を最大化すること。

他者から学ぶとはどういうことだろうか。具体例を想像してもらうために、最近著者のもとに届いたヘッドハンターからのスキル要件をあげてみよう。著者はこの要件に関するスキルセットが不足している上に現職に満足していて行く気もないのだが、データサイエンスや機械学習などの今の著者のスキルに加えて、Fixed income securities (債券や優先株などの一定収益を期待する証券)に詳しい人物を探しているそうである。著者の所属するファンドでもFixed income securitiesは取引対象であるが未熟者ゆえ著者個人はこれにはまだ習熟していない。それを習得している者にはさらなる上のステージがあり得るということである。FinTechや決済ビジネスにおけるイノベーションでは、どうやって一般ユーザーの負担するコストを安くしつつ沢山の人にそれを使ってもらうかが大事であるから、確率的なアービトラージ等を通じて決済用のフロントエンドと、コスト or リスク分散のバックエンドとを出来るだけ統合した形で実現するのは大事であろう。少し拡大すれば、Machine Learning + Blockchain + Fixed Income Businessという3分野統合スキルセットの持ち主には飛躍的な将来がありそうである。

  • Fixed income securities に詳しい人は銀行やヘッジファンドにいくらでもいる
  • Blockchainの基礎技術とそれがもたらす社会変化を熱心に追っている人も最近は多い
  • 機械学習については大学か産業界で2-3年の経験がある人には一定スキルがあるだろう
  • しかし3つ全部のスキルを要求される仕事では、急に競争相手がいなくなるのである。そして3つを習熟するにあたって、あなたがフェルマーの最終定理を証明できるような天才である必要は全くない

これら3つを学ぶといっても、昭和の日本企業で推奨されていたようなゼネラリスト、全部が70-75点程度の理解である人材には声はかからないであろう。理想的には、3つの分野全てにおいて、サクセスフルなビジネスを一つ手がけたことがあるか、またはトップ国際会議 or ジャーナルに論文を通している、といったどれも90-95点という状況が望ましい。そのような人材はGeneralistではなくてVersatilistと呼ばれる。Versatilistになるのが不可能ならSpecialist+リテラシーで対処するしかなく、一つだけ120点で他が80点という状況を狙うことになる。

このような複数スキルセットを包括的に学ぼうとしたときに、長時間労働・勉強にも限界がある。一見異なる3分野間の共通性をどうやって見出し、早く学習できるかどうかが、長期的に効いてくるだろう。そのような効率的な学習法で自分個人にあった方法論を見出した人にはすごいボーナスが来るが、それ以外の人は仕事を失う創造的破壊が起きているのだろう。

効率的な学習法とは、予備校の教師が教えるような効率的勉強法よりも一段階メタレベルのアプローチを指している。あなたが三角関数という新しい概念を高校で習ったとき、あなたは三角関数について学んでいたのだろうか。それとも何か未知の概念を習得するときにどうすべきかという規範を学んでいたのだろうか。あなたは前者を学んでいたつもりだったのに、当時は冴えなかったクラスメートの一人が実は前者と後者を学んでいた可能性を考えたことはないだろうか。そしてそのクラスメートは大人になってから突然大化けした。実は、前者と後者をともに学ぶことについては、機械学習の先端に大きなヒントがある。

機械学習の最近のトレンドの一つに learning to learn アルゴリズムというものがある。Learning to learnタスクでは、どのような学習アルゴリズムが同じサンプルサイズでもより予測精度の高いモデルを生み出すかのメタルールを自動学習する。予備校教師の例で言えば、学習法Aを勧めた教師と、その学習法とは違うBを勧めた教師と、どちらのアドバイスに従うべきかを、学習サンプルを収集して判別するのである。

人間が新スキルを得るための学習法というものは、その学習法自体の良し悪しを統計的に比較検討できるはずである。例えば、Blockchianのど素人である著者がこの分野を勉強しようと思ったとき、次の複数のアプローチのどれが有効だろうか。

  1. 新分野の中で興味をもった論文からはじめてその参考文献を追って行く
  2. 新分野の代表テキストを最初から最後まで読む and/or 課題をやる
  3. 新分野において信頼できる専門家の書いた一般書を読み、その中の参考文献を追う

この3つのどれがより著者にとって有効であるか調べるためには、理想的には、Randomised Controlled Trial (RCT)を行う必要がある。RCTする場合は、著者と似たようなアカデミックバックグラウンド and 実務経験を持った人をたくさん集めてきて、方法1, 2, 3をランダムに割り当て、例えば1年間勉強を続けてもらう。1年後にスキルテストや実在課題を解かせてみて、1-3のどの集団が優れていたか比較するのである。古典的A/B/Cテストだ。

しかしこのようなRCTは実際には実行不可能である。厳密に同じバックグラウンドを持った人をたくさん集めるのは不可能だし、各人に貴重な時間を消費させて選択を強制することもできない。まぁ因果推論関係の統計学を使えば自然選択状況からある程度の推定は可能であるが。

なので読者諸賢には、このような選択的トライアルを自分個人で一人でも実践していくことを勧める。著者の体験例を出してみよう。著者がゲーム理論やマルチエージェント・システムについて学んだ際には1の論文スタート・アプローチを取った。著者が作曲における和声法・対位法・管弦楽法を学んだ際は2のテキスト網羅アプローチを取った。そして著者が行動経済学を学んだ際は3の一般書スタートアプローチをとった。

  • 一応白状しておこう。和声と管弦楽法は定めたテキストをきちんと全てこなしたが、対位法は未完であり、こちらは今後きちんと補間していかないといけない。

Tonal Harmony

Materials and Techniques of 20th Century Music

Counterpoint: The Polyphonic Vocal Style of the Sixteenth Century (Dover Books on Music)

The Study of Orchestration

Agent-Based and Individual-Based Modeling: A Practical Introduction
Generative Social Science: Studies in Agent-Based Computational Modeling (Princeton Studies in Complexity)

その結果、著者にとって新分野学習において有効だと結論されたのは以下のシーケンスを重視した方法論である。1-3のどれかを選べ、ではなかったのだ。このシーケンスが採用された理由は、それぞれの学習法の利点と欠点を身をもって味わったからである。

  • まずはその分野の一般書を読みReferenceをたどる
  • 続いて興味をもった論文をいくつか読み漁り、すでに自分が知っている数学的知識とのアナロジーから学習をはかる
  • 最後に、当該分野のテキストを最初から最後までやって網羅的に全体像を把握する

1-3のどの方法にも利点と欠点がある。論文drivenのアプローチは興味を追っているので効率が良い一方で、カバレージにかけ教養の欠落を招く。Exploration-exploitation trade-offのある状況においてexploitationしすぎるのだ。一方でテキストdrivenのアプローチは、特に和声課題のときに感じたことであるが、いつになったら一人前になれそうかゴールまでの感覚がつかみにくく、動機付けが弱くなる。その結果、平均的な学習速度が遅くなる。とはいえ、このカバレージはいずれは必須である。なので、効率的に取れる60%の範囲をまずは論文drivenで学び、その後にテキストで網羅することが良いと結論した。とはいえ最初のとっかかりが何もない状態で論文をあさるのもまた非効率なので、好きな読書の延長としてまずは一般書からスタートする、という組み合わせに落ち着いたわけである。

  • 著者の友人の複数のPhDホルダーを見ても、カバレージをきちんとしているかが学位保持者とそうでない人の一番の差で、それが長期的に効くということはお伝えしておく

著者の採択したアプローチが合致する方はデータサイエンティスト以外にもたくさんいると思われる。しかしながら、これはあくまで著者個人にとっての準最適解だ。読者諸賢個人に対してあうかどうかの精査は大事である。新分野を開拓するときに学習法を意図的に変えてみて、自分の中で学習法を比較できるようなサンプルを創り出すことはお勧めである。

自己サンプルだけではおそらく比較には不十分であろう。そこでサンプルサイズの増大 or 信頼できる事前分布の設定のために、身の回りの人の学習結果もこっそり利用すると良いかもしれない。他人の成功と失敗から学ぶのである (優れたバリュー投資家がよく口にすることだ)。あなたの身の回りでは、環境変化への適応が早い人と遅い人がいてそれぞれ異なった戦略を採用しているはずだ。彼らを観察して良い戦略の事前分布を作ろう。事前分布といっているのは、これは人間一般にとって良いと仮説されているだけで、あなた個人は他人と大きく違っているかもしれないためである。多くの他人による事前分布と、自分自身の経験によるサンプルのmixtureで推定するのは、ベイズ推定である。ベイズ推定のアナロジーで汎化されたリアルlearning to learnは、あなたのキャリアを大きく広げて行くだろう。

機械学習に限らず、数理的な最適化アルゴリズムというのは何も仕事のデータだけに使う道理はないのである。そこから学べる規範を自分の人生そのものに役立ててみてはどうだろうか。リアルな日常生活においてベイズ推定 and/or 強化学習しよう。

長時間労働は勤勉革命のせいだけではなく、不確実性回避のせいかもしれない

さて、個人が時間を浪費せず新しいスキルを学ぶことの重要性について説いているわけであるが、多くの人はなかなかこれが出来ない。その理由として著者が想像しているのは、新しい分野を学ぶのに想定外に長い時間がかかってしまったらどうしよう or いつまでたっても理解できなかったらどうしようという恐れではないかと思っている。(新たに得たスキルの利得) マイナス (所用時間による機会損失) という打算において、後者の不確実性に対するリスク回避を重視した意思決定をしてしまっているのである。

このリスク回避現象は、なぜ長時間労働が減らないかの理由の一つになり得る。もちろん長時間労働の主たる要因は江戸時代の勤勉革命 (Industrious Revolution)から、顧客による無償労働の脅し(株主によるコーポレート・ガバナンス不足の結果としてのpricing powerの弱い事業から経営者が撤退しないことが本質的要因)まで種々ある。しかし副次要因としてはこのリスク回避性も作用していると思う。現場レベルで、例えば次のようなことがおきるのだ。

  • 財務担当者がExcelで作業をしているが、いくつかの数値入力部分は毎回同じステップであるので自動化して他の仕事に集中するか早く退社したい
  • しかし彼はプログラミングに馴染みがないので、過去の.xls or .xlsxファイルをコピー&Editする以上の作業時間短縮が現在のスキルではできない
  • 今回の作業を完遂するにあたり彼は二つの選択肢から選ぶ必要がある
    • 1. 今までと同様のやり方をする。所用時間は3週間で確実にこの時間で終わる
    • 2. pythonまたはVBAを追加で学び、プログラムの自動出力を利用する。他に財務で新たにプログラミングを学んだ人の経験から推定するに、学ぶのに期待値では10日かかり、その後最後に残る手作業は4日で終わるためトータルで2週間である
    • 2.は期待値としては1.よりも早く終わるが、学ぶのに想定外の苦労があって、10日かかる学習時間が20日か30日になってしまうかもしれない
  • このような状況において、彼はハードデッドラインを過ぎてしまうリスクが怖いので選択肢2を選ぶことができない。もし2を成功裏に今回終えれば、今回の短縮に加えて来期の同一作業における所用時間は劇的に減るにも関わらず

同じ財務担当の中でも所用学習時間にはバラツキがあることが観測できるだろう。加えて、そのようにプログラミングを習得した他の同僚がいない場合には、サンプルサイズの不足による不確実性(統計学ではestimation errorとかconfidence interval or credible intervalのことをさす)が増大する。このリスク+不確実性を短期的に回避し続ける結果、彼は長期的にいつまでたっても長時間労働から逃れられないのである。


退屈なことはPythonにやらせよう ―ノンプログラマーにもできる自動化処理プログラミング

このようなトラップは、締切ドリブンのカルチャーが緩和されれば回避できる。経営者の方は社員のコントロールにおいて参考にしてみて欲しい。一度のチャレンジでは想定外に多くの時間がかかって一時的な生産性低下を被るかもしれないが、明らかに最初の段階で学習に取り掛かる方が累積コストは低い / 累積リターンは高い。実は企業がR&Dに投資する際の基本を、ここでは単にExcel処理という小さな例に当てはめて議論しているだけである。

結局のところ、キャリア構築・スキル習得においても、短期のリスクは不可避であると腹をくくって長期リターンを最大化するだけなのだ。世界的に見て、社会人が会社を辞めて大学院で学びなおしたりする際の正当性も、そのような短期損失を覚悟したリスクテイクから来る。

学習速度は逓増する

不確実性に惑わされて二の足を踏んできた人たちに最後にメッセージしておきたい。安心して欲しい。本当にゼロから学習を始めて恐ろしく時間を無駄にするケースはまれである。そして著者が今までの体験から自信を持って言えることとして、今までの蓄積が多い人ほど、新しい概念の習得も早まる。学習の複利効果とでも言おう。直感的には、n 種類の見かけ上異なる学問分野があったとしても、それら全てを学ぶのにかかる時間は log n くらいで済むだろう。見かけのサンプルサイズや次元に反して、実効次元やクラスター数はもっと小さいのだ。その根拠は、先人のたちの知恵のおかげで異なる専門領域も元をたどればシンプルで強力なファンダメンタルズから成り立っていることが多いためである。

  • 著者の場合、有名な「藝大和声」の課題をやっている間は、このよくできてはいるが疲れる禁則を体に無理やり叩き込むのが非効率に感じられて仕方なかった
  • しかし本業の機械学習研究においてbias-variance trade-offの扱いに関して理解が進み、五度圏による分析法の習得など他の知識が混じってきた段階にいたると、よりメタレベルでの法則理解が得られたため、課題の遂行が容易になったのである
    • それでも初学者には先に挙げたStefan Kostka氏のテキストの方を勧めるが

和声―理論と実習 (1)

和声―理論と実習 (2)

和声―理論と実習 (3)

見かけ上の学問領域の広さに圧倒されて、自分の既存知識範囲に固執し過ぎてしまう傾向は、若い人が資産運用において複利効果を軽視してしまうことと似ている。一回一回はリスクある意思決定であっても、長期的には本来あるべきcapital growth rateに近づいて行くのだ。複利効果を理解しない人は、期待値 ➗ ボラティリティのS/N比を上げる代わりに単にボラティリティの高い一か八かのギャンブルをやってしまう傾向がある。しかし若い人は残された時間がもっとも長く、長期資産運用が本当は向いた立場にいる。彼らは期待値としてのcapital growth rateを上げるような、複利効果のあるキャリア開発に全力を注ぐのが最適である。

若い人だけでなく、40歳や50歳の人にとってもこれからの社会ではimplicationが似てくる。平均余命が伸びていることと、年金の支給開始年齢が上がることでシニアも先々のキャリアは想像以上に長いからだ。

残り期間が長い前提においては、今更新しいことを学ぶなんて難しい、という嘆きこそが最大の敵なのである。今回の投稿は俗に言う「文系的」知識を総動員しつつ、著者の専門から言えることを定性的に結びつけて論じてみた。読者諸賢のキャリア上の触媒になれば幸いである。

Reference

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シグナル抽出にはゆとりと漸進性が必要である

今回は異文化交流や民主主義といった大きなテーマからは少し離れて、日常的な仕事のスタイルについて議題提起する。著者が現職場に移って再認識した大事なことの一つは、飛躍的な成果が求められる基礎研究であっても、急進性ではなくゆとりのある漸進性が大きなアドバンテージをもたらす点である。イノベーションが非連続におきることを根拠として、不連続なプロセスを奨励する輩が散見される昨今だが、連続的かつ「のろま」であることが最大の競争力になる場合があるのだ。そして漸進性のもつ優位性は、Karl Popperが述べたpiecemeal social engineeringを例えば正当化する。民主主義における、保守的で非中央集権的な意思決定プロセスが、スピーディーだがハイリスキーな独裁者の意思決定よりも、長い目で見ると生き残るのかが何故なのかが示唆される。ただし今回は仕事スタイルに話を限定し、民主主義と漸進性との関係については次回以降のトピックとする。


The Open Society and Its Enemies

本日のインプリケーション

  • 不確実性の大きいビジネスではゆとり/漸進性/品質を重視したものが、スピードを重視したものに勝る
  • 競争相手に先を越される悪夢を見るのが嫌なら、とても難しい課題を要求される仕事につこう
  • 保守的にリスクを取り続けろ。リスクフリーを求めてはいけない。逆に最適水準を超えたリスクも取ってはいけない

計画と無計画の寓話

ある高山の頂上に、大量の金が埋まっているという情報がもたらされた。もちろん普通は山の頂きにそんなものはない。これはフィクションだ。さて、3つの登山グループが金鉱発掘に名乗りを上げ、登山装備の資金を援助してくれるスポンサーを募った。3グループはそれぞれ異なる登山計画と、スポンサーへの依頼を持っていた。

最初のグループAはその山の詳細な地図を入手し、その地形情報を生かした精密な登山計画を作り上げた。スポンサーに対するメッセージは、自分たちの最適化された計画なら一週間で金鉱にたどり着くので往路一週間+復路数日分の資金を援助して欲しい、というものだった。グループAが要求した金額はもっとも低かったので、あっさりとスポンサーが決まり彼らは意気揚々と入山していった。

次のグループBは山の詳細な地図をあまり見なかった。その理由は、地図に間違いがあるかもしれないし、どうせ壁にぶつかったら計画を変更しなければいけないから事前の計画にあまり意味はないということだった。彼らはその代わりに、現地に入ってからの試行錯誤を努力すると主張し、そのために往路に二週間の資金が欲しいと言った。二週間で見つからなければ我々は撤退するだけなのでスポンサーのロスは限定されており良い投資機会だと主張した。資金グループAほどすぐではなかったがスポンサーが見つかり、彼らもまた入山していった。

最後のグループCはスポンサー獲得に難儀した。彼らはグループAと同様に地図を入手し、登山計画も練った。しかし地図の正当性をグループBと同様に怪しんでいたので、グループAほどには各チェックポイントに詳細化された計画は作られず、高度ごとに装備を見積もる程度の計画となった。頂上までの所要期間を三週間と見積もったがスポンサーには往路に九週間の資金を要求した。彼らはこう述べた。「我々は現時点の計画に自信がありません。現実と地図との間に想定外の食い違いがあるかもしれないし、突然クマに襲われて装備や食料の半分を失うかもしれないから保険が必要です。三週間をターゲットにしますが、六週間たった時点で金鉱を見つけられなければ下山し撤退します。また下山にも想定外のコストがかかり得ますから最低九週間分の往路資金がなければこの計画は開始しません」このグループCに対する大半のスポンサー企業の対応は芳しくなかった。「冒険家たるものリスクを恐れるとは何事か」「そんなに金のかかるプロジェクトに資金は出さない」云々。しかし彼らはスポンサーが現れるまでは決して入山はせず、また他グループに金塊を取られたらそれまでとして競合も意に介さず、後日たまたま手を挙げた一社からの資金拠出を頼りに遅れて入山した。

その後何が起きたであろうか。

グループAは登山途中で、実際の地形と地図とが食い違っていることに気づいた。そして彼らの立てた計画では、間違いが存在するエリアに関して特に誤った過剰最適化が施されていた。入山後に彼らは過ちに気づき、下山かルート変更を試みようとしたが、装備と食料が足りなくなり進退極まった。その主因は最小限のコストしか請求しなかったためである。彼らのその後は分かっていない。

グループBはグループAほど地図の誤りの可能性に無頓着ではなかったが、彼らのルートは行き当たりばったり過ぎて頂上に近づいている様子が見られなかった。その時間浪費の結果二週間が過ぎ、当初の予定どおり下山した。彼らは無事ではあったが、登山金鉱探しは割に合わないと主張し、その後二度とチャレンジしていないようである。

グループCのその後は数奇であった。最初の登山においては、彼らもある高度までは達したがその後はグループB同様行き詰まり、下山せざるを得なかった。ただ下山のタイミングを前倒しした。撤退は六週間目と事前に通知していたにも関わらず、四週間の時点で下山を決断した。その代わり下山をゆっくり行うこととして余裕資源を環境調査に当てた。そして敗残報告後、次のスポンサーを募った。次の資金繰りは初回よりずっと難儀したがそれでも一社現れ、二度目の登山がはじまった。二度目の登山は前回よりも効率よく進行した。その主因は、経験と追加調査によって、地図と実際の地形との一致部分と不一致部分とがある程度識別できるようになっていたためである。しかし高度が上がるにつれそのような識別能力も役立たなくなり、二度目の下山タイミングが来てしまった。今回も彼らは下山開始を前倒しし、余裕資源を使って地下鉱脈のサンプリング調査を行った。

グループCはまだ諦めなかった。しかし、資金を一番ふんだんに二回も使って失敗した彼らに対する企業の目は冷たく、三度目のスポンサーはほぼ現れそうになかった。彼らは最後に風変わりな富豪から関心を持たれた。その富豪はたった三つの質問をした。1. 今までの下山において、早期撤退を決めた理由は何か? 2. なぜ余剰資源を使って余計な調査をしたのか? 3. 往路三週間の見積もりに対して、なぜ今まで九週間しか資金を要求しなかったのか。なぜ十八週間や三十週間とは言わなかったのか?

グループCは撤退計画というのは最大まで待てる期間であってその一線を超えると常に死に近くこと、そのため自分たちはいつも保守的に計画を立てることを説明した。調査は後日の分析に不可欠であり、調査のない登山は行わないことを説明した。九週間という見積もりについては、実はそれすら内心は少ないと思っており、スポンサーの顔色を伺って誤って金額を小さく要求してしまっていたことを認めた。彼らは何より、ゆっくり一歩ずつ登れる計画しか採用しないのだと言った。どれだけ他者から臆病だと言われようと。

富豪は、三週間すら内心は少ないと思っていたという彼らの回答をむしろ喜び、三十週間ぶんの資金拠出を提案した。その代わり山頂で本当に金塊が見つかった場合にはその70%を自分に渡すことという条件を要求した。登山の成功そのものが目的であったグループCは度量の大きさと強欲の混じったその条件を受け入れ、最後の登山が始まった。今回は2回目よりもさらに効率的により高い高度まで来ることができたが、案の定ある高度以上から予測が効かなくなった。しかしこの予測が効かない主因が、彼らがこの山が単峰であると思い込んでいた点であることに気づいた。過去の地形・鉱脈サンプルから推測するに、資源の眠っている頂上はみなが思っているよく見える頂上ではなく、別のより小さな頂にある可能性が高いと彼らは判断した。最高地点に達した栄光と、資源を掘り当てて富豪に資金を返す真の成功とを比較し、彼らは後者を選ぶことにした。小さな頂に向かい彼らはついに鉱脈を見つけた ただしそれは金ではなくてプラチナ鉱だった。彼らは契約を臨機応変に判断して富豪に相当額を渡した。

最後に大笑いしたのはこの富豪である。彼はリスクを過小評価した不適格者たちが失敗するのを見るにつれ、企業スポンサーたちの性急な成果要求よりも、自分の「待つ投資」に最大のアドバンテージがあるという自信を持った。そして彼は、自分の無知さ加減を的確に理解しているリスクテイカーが現れて彼の代わりに貴金属をごっそり取ってきてくれることを、ただじっと待っていたのだ。

シグナルだけ or ノイズだけ or ?

極めてまわりくどいストーリーで申し訳ない。著者の脚本力の弱さが露呈する作文であり、いくらでも変更の余地があるだろう。無論これは単なるフィクションである。しかし多くの脚本と同様、示唆を含めてある。

読者諸賢はすでに想像されている方も多いと思うが、グループAはソ連型思考をする人を揶揄して描いたものである(実際のソ連の官僚はもっと賢いので誤解なさらぬよう)。理性の暴走を象徴している。不確実性のもたらす帰結を無視し、理性や計画を過度に信用することの問題点を明らかにしている。ある種の大企業勤務サラリーマンの思考もこれかもしれない。

グループBはその対極に位置するもので、リバタリアンの一部に代表されるような反知性主義者をイメージして設定した。無知の暴走という表現もできるが、より正確には、反知性主義を積極活用するあまり知性の利点を捨てすぎてしまった人たちである。一部のベンチャー企業経営者もこういうところがある。彼らは、無意味な学問権威や過度な計画主義に騙されないだけの自立した頭脳を持ってはいるのだが、自分の対極に位置する人たちを馬鹿にするあまり計画自体の利点をも無視してしまうことがある。すでにあるデータは積極活用すべきなのだ。完全な計画に問題はあるが、無計画にもやはり非効率性の問題があるわけだ。


アメリカの反知性主義

グループCはどこかに存在するであろう中庸としての人格を想定して描いたものだが、一番注意してもらいたいのは彼らの思考プロセスにおける以下の特徴である。

  • 彼らは自分自身の思考や身の回りのあらゆる情報が、一部間違っていると仮定する
  • それでも彼らは計画を立て、観測された情報の中でシグナルとノイズとを識別しようとする。シグナルと判定された情報なら計画に使っても良いのだ
  • 彼らはゆっくり仕事を進める。彼らの日常業務では、成功を手に入れる最終目標に向かってジャンプすることではなく、成功と失敗とを分ける識別器を作ることに多くの時間が割かれる。この漸進的で着実な分析態度は、早い成功をよしとする人々からはのろまかつ臆病だと思われている
  • 彼らは保険を最大限にかけ、保険を提供しない資金源とは契約しない。このコンテクストではNo deal is better than bad dealである

複雑で不確実な環境においては、何が成功の要因となるのか分析自体に長い時間がかかる。真の要因は限られた少数であっても、高いノイズのせいであらゆる要因が結果に結びつくようにも、全く結びつかないようにも錯覚する。ただ確実に言えることは、この長い時間と漸進的な分析を許容してくれる資金源としか協力関係が成立しないということである。

漸進的に進む組織の巨大な優位性

著者は現職に移って以降、はっきりとした確信があるのだが、仕事をゆっくりやることで、注意力の最大化という強力なアドバンテージが産まれる。バイサイド金融のように極めてノイズの高いデータを扱う世界では、この注意力こそが、己の知性を過信した匹夫の勇よりもずっと大事なのである。

高い注意力は多くのインサイトを生み出すため、結果的には効率的に最終的なゴールへと私たちを導いてくれる。ハードなデッドラインを先に設定されてしまい期日を守ることに主眼がいった結果、統計的に効用の疑わしいアプローチに飛びついてしまうという、近視眼思考がもたらす破綻は、ゆっくりした思考と高い注意力のもたらす果実からは対極に位置している。

著者や友人の過去の職場では「締切ドリブン」の仕事カルチャーが多く散見されたが、これはおそらく多くの企業で生産性悪化の主因になっている。効果が疑わしい方法を実際にマネーが動くビジネス現場で実践しても、長い目で見れば結局は時間と金の双方を失うだけだ。現実は楽観的想定よりも遥かに残酷である。Progressが早く出るに越したことはないが、疑わしい結論を急いでだすアナリストよりも、時間をかけて信頼性のある結論を出せるアナリストを信用すべきである。「70点で良いから早くレポートしろ」というカルチャーは、不確実性の高い世界に移るほど悪く作用する、と申し上げておこう。ただしこれは最終的なプロダクトに関しての話である。社内ミーティングなどの内輪の進捗報告は1つ小さな実験を進めるたびに1つ持つくらいでちょうど良い。70点の内部報告を30, 120点のプロダクトを1回という感じだろうか。多くの内部報告をテキストとして明文化された資料に残すことで、いくつもの努力の中で何が大きなターニングポイントになったのか、どの知見が他の未来のプロジェクトにも転用可能か、メタレベルで後日分析することが可能になる。この120点になってから出すという方針はおそらく、シリコンバレーで主流の「早くプロダクトを出せ」というメッセージの逆に映るだろう。後述するが、最適スピードが不確実性の関数であることを理由として、反転した結論のどちらもがTrueになり得る。

また自身の漸進的態度に加えて、ゆっくり確実に進めるプロセスを尊重してくれる資金源/意思決定者を上位に持つことが大事である。本日の寓話は、日本の多くの企業で本来必要なレベルの余裕が失われ、破綻に向かう三流ギャンブラーのような意思決定者が増えつつあるのではという危惧から思いついたものである。ヘッジファンドのように不確実性が高くしかも極めて多くの競合他社がいる世界でさえ、いやむしろそのような環境だからこそ、遥かに高いレベルのアウトプットを出すための十分な余裕を社員に与える必要がある。

クォンツ投資をかじった人間なら知っていることとして、賭け事を行う際には超えてはならないリスク水準というものが存在する。著名なケリー基準はその一例である。この水準をちょっとでも超えた賭けを行うと、破綻確率が急速に高まる。そのため、長く生き残る実務家は、限界リスク値に対して常に保守的な量の賭けしか行わない。たとえばギャンブルでは半ケリー基準というものがよく使われる。同時に覚えておいて欲しい点は、保守的に賭けるが賭け行為自体は止めずにずっと続けるという点である。リスクフリーな環境ではなく、保守的リスクテイクを継続する環境に身を置くとよい


天才数学者はこう賭ける―誰も語らなかった株とギャンブルの話

最近の日本の労働者の多くは、臆病でのろまな態度だと競合他社に抜かれてしまうという、保守性のアドバンテージを無視したメッセージを経営者から口酸っぱく聞かされてきたのではないだろうか。しかし実は、性急を急ぐ意思決定者こそが競合他社の結果を待つまでもなく先に自滅していくというのが困難なビジネスにおける実態なのだ。もしスピードが最優先事項だと言われたら、自社のビジネスはwinner-take-all効果が働く世界かどうか、そしてwinnerとなるプロダクトが明確であるかどうか問い返すか自問自答すると良い。もし明確な回答が出なかった場合、スピードが最優先というstatementはおそらく間違っている。目的関数がわからない時点で、あなたは不確実性の高い環境に住んでいることが示唆されているから。

最適速度は不確実性の単調減少関数

より正確には、最適なスピードと信頼性のトレードオフは不確実性とノイズの関数として表すことができる。不確実性が高ければ高いほど、着実性を重視しゆっくり進めるものが最後に生き残る。ノイズ項が極めて大きく、かつたった一つのノイズ因子でも容易に挑戦者を破綻させる環境の場合、信頼性を確保する前に次に進むあらゆる挑戦者がノイズによって墓場送りにされるためである。難しい課題にチャレンジすることは常にお勧めだ。敵に先を越されるリスクをあまり考えなくてよいからである。もし信じがたい速度で先を行っている競合がいるように見えた場合、ほっておいてもその競合はおそらく自滅する。

したがって逆説的ではあるが、不確実な環境に身をおけばおくほど、競合他社が自滅する敵失を期待できるために、かえって自分の本来の競争力強化に集中できるのである。著者がときどき想像することの一つに、Amazon.comJeff Bezos氏が大成功したことと、彼の最初の職場が著名ヘッジファンドのD. E. Shaw & Co.だったこと、彼がNassim Nicholas TalebBlackswanを愛読書かつ自分の部下に強く進めていることには強い関連があるのだろう、というものがある。D. E. Shawでの経験はBezos氏にとってBlackswanのメッセージをごく理解しやすいものにし、そして自らがPositive Blackswanになるにはどうすべきなのかの指針を多く提供したのではないだろうか。


ブラック・スワン[上]―不確実性とリスクの本質

反対に、不確実性が低い場合にはスピードを最大化したものが勝つ。これは少ないサンプルサイズで十分な信頼性が得られることに起因するためで、ラフな分析や直感でも勝利手段がすぐわかる環境である。石油利権にいち早く群がるとか(そのアドバンテージがあまりに明白だ)、コンピューター産業の黎明期には、一部の領域で品質よりもスピードを重視したベンチャー (e.g., MS-DOSや初期Windowsを開発したころのMicrosoft)が大勝利した。これらのケースでは明確な目標(e.g., Operating SystemOffice Softの独占)を最初に達成したものがwinner-take-allすることが明らかであり、その成功確率はほぼ単にスピードの関数である。Bill Gates氏やPaul Allen氏の類稀な才能ももちろん勝因ではあるが、Microsoftの成功とヘッジファンドの成功要因はおそらく異なっているのだろう、というのが著者の見立てである。

著者個人の仕事についても、三ヶ月立ったこともあり(日本時代の仕事ではこれはコンサルティング・プロジェクトを一つ終えるくらいの期間であった)、大きな成果に対するプレッシャーを毎日感じてはいる。しかし同時に、インサイトの確実性・信頼性を重視しスピードの優先順位を次点にしてくれる職場環境をありがたく感じている。そしてこの信頼性重視の企業文化が、実際のところ著者自身が入社前には想定していなかったレベルの高品質なトレーディング・モデルの開発に結びつきつつあり、いよいよ仕事が面白い領域に入ってきたと感じているところだ。読者諸賢の職場環境はまた違うことと思うが、企業文化の改革に関して何かきづきを提供できたならば幸いである。