人力ピックとアルゴヘッジのハイブリッド

Berkshire Hathaway Inc.のAnnual Shareholder Meeting及び関連イベントに参加するためNebraska州のOmahaに来ている。今回が2回目の渡航である。関連イベントではバリュー投資に関する講座に出席している。このプログラムでは著名バリュー投資家もしくは彼らを追いかけている金融ジャーナリストによるフリートークと、財務諸表を眺めてvaluationをすぐ出すクイズとが交互に続く。

本題の前にこのプログラムで学ぶことになった面白いアプローチを一つ。難しい数式や計算機を必要とする関数を用いる代わりに、いくつかの近似式を半ば暗記的に頭に入れるのは役立つようだ。感覚としてある程度の見積もりがパッと出せるようになるのは面白い。例えば72をリターン[単位%]の値でわると資産が2倍になるのに要するおおよその年数が出てくる。このヒューリスティックはかなり強力で、複数年次の財務諸表を眺めたときに複利としてのearnings growthがどの程度の会社なのかといったことが計算機なしで分かってしまう。厳密な計算はExcelやRを使うものだし、著者も含む多くの人はそういった手順に慣れている。しかしパッと見た時に考慮する価値のある会社かそうでないか判断できるフィルター能力は、stock pickingの能力を鍛える上で貴重なものである。

  • なぜ72に対して割り算すればいいかは一次近似を理解すれば簡単にわかる
  • 百分率でのリターンをr [%], 2倍になるのに必要な期間をT [年] とする
  • T\log (1+r/100) = \log 2 を解けばいいのだが、通常リターンは100%よりずっと小さいことを用いると左辺は  T \times r/100 でほぼ置き換えられる
  • するとTr = 100\log 2 \simeq 69.3 という単純な関係が出てくる
  • 通常の複利を用いるか連続複利を用いるかといった所で違いがあるだろうが、i) 2次以降の項も考えると少し上乗せする必要がある点、 ii) 72が色々な数字の公倍数になっていて暗算しやすい点も考えると72というチョイスは悪くない

他の受講生には数理科学の専門家はあまり見かけなかったためか、著者が機械学習専門であることを知ると他分野への興味からそれをネタに話しかけて来る人もいた。Berkshireとブラジルの3G Capitalが共同買付をしているからなのか、参加者にはブラジルのヘッジファンドでEquity Research Analystをしている方が多かった。

機械学習研究でPh.D.を取得した著者であっても財務分析の世界にやってくれば完全な赤子である。しばしば感じることは、単純なテクニックすら演習ではうまく使いこなせない自分は他の受講者より愚かなのではないかという不安である。著者の場合は特に、自身の研究分野でなら英語での議論にも何も不便を感じて来なかったため、財務分析になると的確な質問が思い浮かばないのは二重に歯がゆいのである。相手にする世界が変わると、日本人にありがちな「留学したら無口になってしまった」症候群と同類になってしまうわけだ。

しかし目的は別に他の受講者よりも多く正解することではなく、自分の投資スタイルにプラスになるように学びをすることだ。何より、自分が外の世界では無力であることを知るのは非常に健全であり、それこそが知的にストレッチされる瞬間である。今回の講座の教授陣も皆lifelong learningという言葉を使っている。Lifelong learningは悪い人口動態のせいで何かと悲観主義に陥りがちな日本社会にこそ、もっとも求められているアプローチだと思う。

バリュー投資に関しては今まで何回かコメントしてきたので省略するが、機械学習的時系列予測の当たらなさ度合いに疲れ果てた著者がガイ・スピアの著書を読んだ時の福音がとても大きかったことは伝えておきたい。本書でいきなり信者になった訳ではなくて、本書に出てきたキーパーソンたちの軌跡を追い、かつバリュー投資の世界における多くの統計的検証結果をきちんとサーベイしてからバリュー投資を始めた次第である。

勘違いエリートが真のバリュー投資家になるまでの物語

正の期待値を探す

多くの個人投資家が無理なく、しかし現金を現金のまま溜め込むよりも長い目で見たらはるかに優れたリターンを生み出す投資戦略とは何だろうか。この問に対する答えを知るには、リターンに関する期待値がプラスである戦略がどれだけあるのか知らなければいけない。

日本に住んでいると、期待値が顕著なプラスであることを確信できる資産クラスが何なのかわからなくなってしまう。失われた20年の間に蓄積されたデフレマインドと、多くの日本企業で見受けられる慢性的に低いReturn on Capital (ROC)を見ると無理からぬ話である。低いROCが続く原因についてはいくつか仮説があるので、さらっと書いてみた。読まれた方は気づくかもしれないが、契約条項に書かれていない顧客の過剰な要求に付き合わされる長時間労働などの問題は、本質的には株主の力が弱いのが原因だと著者は考えているのである。

  • まず根本原因は日本企業のpricing powerがとても弱いことである。似たり寄ったりのプロダクトばかり作っているせいだが、製造業への依存性が高い日本の産業構造の問題も大きいと著者は考えている。不幸なことに、日本が得意な技術分野が相対的にEconomic moatを形成しにくい産業に偏っているわけである
    • Moatがない企業の簡単な特徴は2つある。1つ目は値上げする前に顧客が怒らないことをお祈りする。2つ目はInternetが直接的な脅威になっている
  • Pricing powerを考慮した投資エリアのシフトにはCEOの合理的な決断が必要であり、そのために最適な人材が雇われるべきだ。しかし株の持ち合いが続く日本企業では、業績を悪いまま放置するCEOがなかなかreplaceされない
  • 持ち合いではない企業であっても、政府や経営者がactivistを敵対視しているせいもあって、株主の力は構造的に弱いままである。経営者が入れ替わることをなかなか期待できない状況では、ROCの改善は期待できない
  • この構造的な弱さが持続することを仮定すると、ごく一部の例外をのぞいて、日本企業に長期投資しようと投資家は考えなくなるだろう。そういう状況で、残念なことに旧日本軍以来染みついている短期決戦思考が資産配分でも現れてしまうのである。長く待っても勝てる見込みがないなら、一回だけ多賭けして勝ったら勝ち逃げしてしまおう、といったところか。無責任なレバレッジをかけたFXトレードなどはその典型である。しかし単純な質問である: i) 負けたら(そしてそれは大負けだ)どうやって再起するのだ? ii) 長期では勝てないのになぜ短期でなら勝てると考える? 勝つ確率だけ考えてる?

失敗の本質

  • このトレード体質は別に日本固有のものではない。オンライン・ブローカーが普及した世界中で見受けられる。しかし例えば、日本の強みであるビデオゲーム産業で培われたマインドは、こと投資に関しては悪い方向に作用する。
    • 殆どのビデオゲームにおけるランダムネスはマイルドなものであり、人は何回か試行錯誤してプレイするだけでゴールまで比較的早くたどり着くことができる
    • しかし資産価格の時系列は極めて野蛮なランダムネスを伴っており、人間の本能的感覚 (カーネマン達の言う所のSystem 1, 早い思考)でプレイすることを繰り返しても最適解にたどり着くことはほとんどない
    • そして自分の直感は優れていると勘違いしている多くの人は、System 1から離れてSystem 2による遅い思考に切り替えることをいつまでたってもしないのである

ファスト&スロー (上)

しかし、期待値がプラスの戦略が見つからないという状況は世界的に見れば心配しなくて良い。2008年の金融危機以降成長率が鈍化したとは言っても、人口動態も大きく違うし世界的には成長している企業がまだまだたくさんある。この点ではなんだかんだで米国は王者である。

優れた米国企業を見つけて、その企業の株価が安い時に買い、buy & holdするという単純なアプローチは、長い目で見ればほとんどの個人投資家を満足させるリターンを提供してくれる。長いと言った時にだいたいこれは10年以上を指す。10年は企業のビジネスが始まって終わりを迎える一つのサイクルに近い期間だ。10年たって顕著なリターンがなければ、それは市場が愚かなのではなく、あなたの銘柄選定が間違っていたというべきだ。優れた企業を割安価格でbuy & holdするアプローチ全般がバリュー投資と呼ばれているが、その具体的方法論はまずは著名バリュー投資家の進めるテキストからスタートした方が良いだろう。伝説的な二冊として、いずれもJoel Greenblattの著書をお勧めしておく。怪しい邦題に反して本書に書かれた数式にはその後アカデミックな検証が広範になされている。


グリーンブラット投資法 ──M&A、企業分割、倒産、リストラは宝の山

株デビューする前に知っておくべき「魔法の公式」

なおバリュー投資の他にも期待値プラスの戦略はある。例えばボラティリティ・ショート戦略である。リスクを抑えた上でputオプションを売るか、またはVIX指数先物のコンタンゴから利益を得るETF (XIVまたはSVXY) にポジションをはる。この戦略は金融危機の時にとても大きな損失を生み出すが、積算するとその損失を全てカバーするだけのリターンを生み出す。なぜそうなるのかは、低い確率で大きなリターンが得られる宝くじに対するプロスペクト理論のバイアスを思い出すと良い。

負の歪度がもたらすリスクと不合理性

ある程度のメンタルの強さを維持できるのならバリュー投資ほど優れた戦略はない。バリュー投資で大事なのは、なぜこの戦略が長期で大きなキャッシュフローを産むのかに関する的確な理解であって、複雑な数学は全く必要ない。ボラティリティ・ショートを行うには少しは数学を理解している必要がある。

問題となるのは、多くの個人投資家は、一度に大きな損失が来ると、今後この損失がまた来るかもと思ってポジションを閉じてしまう点だ。このメンタリティはバリュー投資を続ける上では障害になる。だがポジションを閉じるのは誤りである。負の歪度をもつ確率分布が引き起こす誤認に騙されているのだ。例えば +1%が10日続いた後に -7%の下落になったとしても合計はまだプラスである。小さなプラス回数がたくさんあり、大きなマイナスが少数回数ある確率分布は負の歪度 (skewness)をもつ。世の中はコイントスや正規分布のように勝ち負けが半々ではない確率分布がたくさんあるのである。歪度が負であって期待値も負であるような散々な銘柄もあるし、歪度が負だが期待値自体は正である資産もある。バリュー投資や、合理的思考を維持できるならボラティリティ・ショートは後者に属する。ただリスクをあるレベル以上とってしまうボラティリティ・ショートは全て期待値もマイナスになる。ケリー基準を思い出して欲しい。

例えばBerkshire Hathaway Inc.は保険料のプレミアムによるfloatを用いたレバレッジ投資を行なっていることもあり、そのリターンは負の歪度を持っている。実際、911のテロ時にはBerkshire参加の再保険会社が莫大な支払いを要求されたが、このテロによるテールリスク or 免責事項はそれまで保険料に入っていなかったそうである。株主総会でもBuffett自ら、テロや地政学リスクに関しては今も心配し続けている点を率直に語っている。

  • 多くの経営者は自分たちが如何に優れた企業であるか吹聴してネガティブ・ニュースを隠そうとする
  • しかしBerkshireではWarren Buffet, Charlie Munger, そして傘下企業のCEO達がみなこれと反対の性格を持っており、率直に悪い情報を伝えてくれる
  • このcandorこそがOracle of Omahaに莫大な成功をもたらしたことを覚えていて欲しい

負の歪度と正の期待値に関しては幅広いアセットクラスに対して調査を行なった論文がある。詳しくは [1] を参照して欲しい。よく「ハイリスク・ハイリターン」という言葉があるが、このハイリスクは高ボラティリティ(標準偏差 or 絶対偏差)と紐づけて論じられることが多い。しかし注意深く統計分析を行うと、ここでいうリスクとは負の歪度であり、歪度が低ければ低いほど(ダウンサイドのテールリスクが高いほど)、期待値が上がるのである。誰しも一発で破産などしたくないから、そのような資産は買われにくい傾向があるため市場価格が過小評価されやすいわけである。

[1] のFigure 7を見ると、どの戦略の期待値が高いのか、また歪度が低いのか参照できる。バリュー投資に一番近い性格を持つのはFama-French High Minus Low (HML)だろう(ただしこれはgrowth stockをショートしているのでオーソドックスなlong-onlyバリュー投資とはskewnessが異なる)。HML戦略はskewnessがやや正であって、他の戦略に比べてコツコツ稼いだものを一気に吹っ飛ばすケースが少ない。その分期待値は暴落リスクを追っている他の戦略よりも低い値に甘んじることになる。

負の歪度を低コストで緩和する

バリュー投資やボラティリティ・ショートから得られる(負の歪度に対するリスクプレミアムとしての)正の期待値を取りに行く上で、認知バイアスから逃れるために、期待値を保ったまま歪度をなるべくゼロに近づけたい。何ができるだろうか。

1つ目の方法は直接的なもので、バリュー投資で保有する銘柄そのもの、もしくは株式指数のputオプションを買うことだ。いわゆるごく普通のプロテクティブ・プット戦略である。金融危機においては損失をかなりカバーしてくれる。

株式と一緒にいつもputオプションを買うナイーブなプロテクティブ・プット戦略の問題点は、長い目で見ると保険料を払いすぎて期待リターンの大半を吹き飛ばしてしまう点である。そこで、いつもオプションをロングするのではなく、オプションが割安か割高か、そして今後implied or realizedボラティリティが上がるのか下がるのか予測しながらオプションをダイナミックにトレーディングする。どういう時に、どのような行使価格・満期のオプションを買えばいいのか、合理的に決める上では機械学習や計量経済学的アプローチがとても役に立つ。株式銘柄は単なるbuy & holdしつつ、ヘッジポジションのみ数学と統計の力に頼るわけだ。

同じく株式をロングしつつヘッジの仕方を変える戦略もある。2つ目の戦略はやはり [1] のFigure 7が示唆してくれる。Momentum戦略のリターン・プロファイルを見て欲しい。この戦略は成長株であるか割安株であるかに関わらず、とにかく中期的に上昇傾向にある銘柄に対してトレンドフォローする(下降傾向にある時は空売りする)という経済学的・合理的思考もへったくれもないアプローチである。しかし実は期待値が正でしかもその値が高いという優れた性質を持っている。Momentumアノマリーはこの論文に限らず種々の研究で確かめられており、効率市場仮説を提唱したFama自身がpremium anomalyと呼んでいるくらいである。

Momentum戦略に関して着目したいこととして、期待値が正でありかつ正のskewnessを持っている点が挙げられる。日本語でいう所の提灯買いにすぎないmomentum戦略もまた、バリュー投資やボラティリティ・ショートと併用してポートフォリオを組むと全体のリスクや歪度を抑える良い性質を持っている。

バリュー投資をベースとしつつ、その負の歪度を機械学習アルゴリズムやmomentumで緩和するハイブリッド戦略は多くの投資家が精神的に耐えうる良いポートフォリオを提供すると著者は考えている。ここではmomentumや機械学習はメインの収益源ではなくヘッジ手段として補助的に用いられているわけで期待値が必ずしも正でなくても良いのだが、工夫次第で期待値を正にすることも可能である。

  • なお機械学習はバリュー投資と時系列予測による投資と双方に適用可能である。機械学習バリュー投資のファンドは多くはないが、例えばEuclidean Technologiesというヘッジファンドはバフェットスタイルの長期投資のためのdeep learning algorithmを開発していることで著名である
  • しかし十分なサンプルサイズを提供するファンダメンタルズ・データベース (学術研究と実務ではcompustatが使われる) は個人投資家にとっては利用料が高すぎるため、個人投資家が機械学習バリュー投資を実践することは現実的ではない
  • そもそもdeep learningやgradient boostingを全く知らなくても長期的にworkするバリュー投資は可能である。シンプルな方法で十分なリターンが出るのに何故複雑な方法を行う必要があるだろうか

バリュー投資ではなく、ヘッジ手段としての機械学習アルゴリズムを用いる場合、その学習データは単なる価格時系列になる。これについて著者の意見は以下の通りである。

  • ファンダメンタルズを用いずに時系列特徴量のみを用いた短期株価予測だけだと、期待値がプラスの投資アルゴリズムを作るのはものすごく難しい。多くの荒くれ者がこの世界に挑戦してきたが、あまりに大きなノイズによって大量のPh.D.ホルダーやデータサイエンティストが見事に討ち死にしている。
    • 未熟者はover-fittingに殺され、経験豊かなものは難しさのせいでこの世界から逃げ出してしまうようだ。広告ターゲティングビジネスなら簡単に予測できて儲けられるのに、なんで難しい株式市場で戦わなければいけない?
    • (しかし広告ターゲティングに自己資金を投下しているデータサイエンティストもまた見かけたことがないが; サラリーマンとして会社の金を利用しているだけである)
  • しかし期待値がゼロ or 負で バリュー投資との相関が低い戦略を機械学習させることはそこまで難しくない。いつもputオプションでカバーするよりも実効的なコストが安い戦略を見つけられるわけであり、統計学的・人工知能テクノロジーがコスト削減に貢献していると言うことができよう

昨今、怪しいAIファンドが次々に出てきているが、上がる株式を予測できる旨のメッセージを見かける。そう主張すること自体反対はしない。実際、注意深く特徴量と学習アルゴリズムを設計するとそれが可能であることは著者も確認している。しかし機械学習がヘッジを助けてくれる旨を主張しているファンドは少ないように感じている。2008年の再来を想定した、暴落時の緩和がつきつつも長期リターンがバリュー投資に近いファンドがあれば、それは多くの個人投資家のメンタリティでもホールドが可能なのではないだろうか。

Reference

[1] Y. Lempérière, C. Deremble, T. T. Nguyen, P. Seager, M. Potters & J. P. Bouchaud, “Risk premia: asymmetric tail risks and excess returns,” Quantitative Finance, 17(1), 1-14, 2017.

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退屈な企業に大きく賭ける (3)

退屈な企業に大きく賭ける (1)で低ボラティリティの株式にレバレッジをかける戦略を導入し、その危険性を鑑みて、直接の借金によるレバレッジではなくCall Optionを使うことを提案した。市場で売買されているCall Optionのうち何をどれだけ買うのが適切か知るためには、原資産がもたらすリターンの確率分布が必要であり、その実データによる推定例を退屈な企業に大きく賭ける (2)で取り上げた。原資産のリターン確率分布が得られたところで、今回は現金+Call Optionsのポジション量の調節を行う。

データと分析の範囲

オプションの市場価格は一応webサイトから取得できる。S&P500 ETFであるSPYのオプション価格はたとえばYahoo Financeならこちらで見られる。しかし公開されている価格データには誤った数字が記載されていることがよくある。実際のbid/ask/last値については契約しているブローカーからきちんとデータを入手すること。

本日我々が議論するのは限月まで1年ほどの長期Call Optionである。限月が9ヶ月を超えるOptionは一般にLong-Term Equity Anticipation Securities (LEAPS)と呼ばれるが、期限が長いことを除けばごく普通のバニラオプションである。日本では日経平均先物に対する限月の短いオプションしか流動性が無いようだが、米国株のオプションは限月が短いものも長いものも流動性があり、Market Makerが最低10枚 (=1,000株)の取引が可能となるようなbid値とask値を絶えず出す義務を負っている。長期になればbidとaskのスプレッドはそれなりに大きく最初の注文でこのスプレッド分の損失を受け入れる必要がある。しかし適切なオプションを買えば、このスプレッドによる損失よりもずっと大きなリターンが後から手にできる。

LEAPSはアメリカン・オプションで限月までのどの営業日でも行使可能である。一方で本日の分析では、限月にのみ行使する前提でペイオフを計算する。つまりヨーロピアン・タイプのペイオフ特性を仮定する。今回我々はCall Optionしか扱わないのでアメリカンとヨーロピアンは理論価格が同一となり違いを無視してよい。Call Optionは配当が支払われることで下落するのだが、この配当の影響は今日の分析では無視している。もしSPY ETFに投資するなら配当は実際のところ重要なので、配当まで含めた意思決定は読者にお任せする。

SPYに関して限月が1年に最も近いのは、本日現在 2017年6月30日満期のものである。取引上は2017年7月1日にOptions Clearing Corporation (OCC)による自動行使が行われる。この日が満期のCall Optionに関して、その(行使価格, bid, ask, last)のデータを取得する。bidとaskがある程度開くので買付にあたって実際にいくら支払う必要があるかは板次第なのだが、ここでは(bid+ask)/2で買えたと仮定する。正規分布を仮定したブラック・ショールズ式は特に用いず、本日現在のオプションの市場価格と予測された年次リターン分布を元にポートフォリオを組成する。

愚直なポートフォリオ最適化

コールオプションのペイオフは、2017年6月30日の株価が行使価格以上だったら(株価-行使価格)-オプション購入価格, そうでなかったら – オプション購入価格である。儲けを出すためには、株価が行使価格とオプション購入価格の合計を超えなければいけない。

  • 米国株オプションは現物決済である。満期の時点で必要源資産を買い付ける現金がない場合には前日までにオプションを他人に転売すること。そうでないと、レバレッジがかかった状態で週末の間の価格変動リスクを負うことになる
  • 正確には自動行使の行われる土曜日には市場での転売はできないので、前日である金曜日に差金決済(行使して手に入れたSPY ETFをすぐ売却する)前提で記載している

オプション購入価格をP_0, 本日現在の株価をS_0, 行使価格をKとおく。実現した株価リターン(対数ではなく通常の割合の方)をY_Tとすると、投下金額であるオプション購入価格を分母とした資産倍率(=Return on Invested Capitalに1を足したもの)は \max \lbrace (S_0(1+Y_T) - K)/P_0 , 0 \rbrace となる。この資産増加倍率と現金(資産増加倍率はrisk-free rateで定数)との間で実際にポートフォリオを組み、所望のリスク・リターン尺度を達成するベストのポートフォリオを探索すれば良い。実際に最良の行使価格とポートフォリオを探索するコードは例えば下記のRコードのように行う。

for(optionAttr in optionAttrList){
  K  <- optionAttr$StrikePrice
  P0 <- optionAttr$MarketPrice
  callMult <- ifelse(S0*(1+y)&amp;gt;K, S0*(1+y)-K, 0.0) / P0
  for(r in c(0:100)/100.0){
    y_r = log((1-r) + r*callMult)
    if(satisfy_constraint(y_r)){
       perf <- mean(y_r)
        maxPerf <- perf
        bestDist <- y_r
        bestPosSize <- r
        bestOptionAttr <- optionAttr
      }
    }
  }
}

 

上記のRコードについて少し解説すると、

  • 変数 y にn(=10,000)個のシミュレートされた年次リターン・ランダムサンプルが入っている
  • 変数optionAttrListに全てのCall Optionの(行使価格, 市場価格=(bid+ask)/2)が入っている
  • 年次リターン・ランダムサンプルの一つ一つに対してCall Optionを行使する方が得か損かを判定し、Call Option全体の資産増加率に関するランダムサンプルを得る
  • Call Option全体の資産増加率に関するランダムサンプルと、現金 (ここでは金利0としているがより現実的にはrisk-free rateを入れる)とをr:(1-r)の比率で混ぜたポートフォリオによる資産増加率について、最終的なランダムサンプルを得る
  • 最終的なランダムサンプルに対する統計量: 例えばValue at RiskとかExpected Shortfall を計算しそれが条件を満たしているポートフォリオの中で (この処理を関数satisfy_constraintで行う)、なるべく期待値が高いものを探索する
  • 期待値に関する補足: リターンそのものの期待値ではなく、資産増加率(=1+リターン)の対数に関する期待値を取ることで長期投資に向いたポートフォリオができる
    • リスク資産の分布が来年以降も同じであった場合に、今回と同じ賭けを複利で運用していくと仮定する
    • その場合、トータルの期間の対数リターンは対数期待値 x 年数 にだんだん収束する
    • 期待値最大化よりも対数期待値最大化の方がより持続性のあるポートフォリオになる。詳細は別エントリーでそのうち書きたいと思う

モンテカルロ法のランダムサンプルに対して 混合比 (1-r):r をグリッドに区切って探索しているだけのexhaustiveなコードであるが、リターン分布の特性に関して制約されないので実務上有効なアプローチである。

実際に最適化されたポートフォリオの例

著者の手元のシミュレーションでSPY 2017年6月30日満期のCall Optionと現金のポートフォリオとして最適と判断されたのは、以下の通りである

  • 投資金額の97%を現金で持つ (ほとんど現金である!)
  • 残りの3%で、行使価格 $238 のCall Optionを買う: 市場価格は$2.59
  • SPYの2016年7月26日終値が$216.75なので、ほぼ10% Out-of-The-Money (OTM)のCall Optionを買うことになる

SPY.annual.call

図1. (再掲) 最適化された現金+Call Optionsポートフォリオの年次リターン確率分布

ほとんど現金なので最悪ケースでも97%の元本が確保されるのだが、OTM Callを買っているため、それでも普通にETFを買っているよりレバレッジがかかっているのである。例えばあなたが $100,000 (一千万円以上)投資するとすると、

  • ETF: 100,000/216.75 = 461 [株]を買う
  • 現金+Call: $97,000 を現金としてリザーブし、$3,000で $2.59のオプションを 1158株分,
    オプションは100株単位でしか買えないので 12枚買う
  • ETFとCall Optionとを比較すると、後者は1158/461 = 2.5[倍]のレバレッジがかかっている

見かけの金額が小さいことに騙されないよう。実際にはCall Optionのポートフォリオは元のSPY ETFの変動を2.5倍も増幅するように賭けているのである。10%のOTMなので株価が上がってもすぐにCall Optionの価値は上がらないが、SPYが上昇しオプションがIn-The-Money (ITM)になるに連れて激しい変動がもたらされるようになる。それでもレバレッジを2.5倍程度にとどめるように、というのはなかなか示唆に富んでいないだろうか。買いつけ可能金額だけならもっとたくさんのCall Optionを買うことができるが、実際にはそのようなギャンプルはほぼ確実に失敗に終わる。大ギャンブルすることが可能な状況において流行る射幸心を抑えることがオプションのロングポジションを構成する時の基本というわけである。それでも2.5倍レバレッジしているということは、保険に頼ることでちょっとだけ大胆になっている、というわけだ。

今回のような、大部分を安全資産に賭けつつ、一部の限定された割合を変動の激しい資産に賭ける方法をバーベル戦略というが、Nassim Nicholas Talebが昔から推奨している方法が今回の数理的最適化でも結果的に選定された点は興味深い。

 

ブラック・スワン[上]―不確実性とリスクの本質

ETF原資産との比較で、バーベル戦略のポートフォリオがどの点で優位/劣位にたっているのか明らかにするには、両者のリターン分布を同一のスケールで重ねて描画してみると良い。それは図2の通りである。現金+Callはほとんどの場合は少しだけ損をして終わるため、例えば20%ぐらいのまぁまぁのリターンを達成する可能性は原資産よりも低いのだが、最悪ケースと最良ケース、そして平均では勝っている。

SPY.stock_vs_call

図2. 元のETFと選ばれた現金+Callとの年次リターン確率分布の比較

裁定機会の存在について

オプション・プライシングモデルに詳しい一部の読者諸賢は、完全なフリーランチではないとはいえ、今回のSPYのような優れたポートフォリオが組めるならもっとオプションの市場価格が上がってしかるべきではないか? 裁定機会が存在するのはおかしいのではないか? と思うかもしれない。著者の考えでは実際におかしいのはプライシングモデルの方で、裁定機会が存在しないという仮定は成り立っていないと思う。

ブラック・ショールズの公式なら、二つの点が特にずれている。一つ目はよく言われることで、ファットテールを考慮していない。二つ目の点が今回の戦略のもとになっているのだが、幾何ブラウン運動のドリフト項をrisk-free rateに選ぶモデリングは実際の価格と一致しないと考えている。歴史的に見てもSPYは6%程度の平均リターンをもたらしてきたわけで、10年満期T-bond (米国債)よりも利率が良い。金融工学の授業で習うように、裁定機会が存在しないという仮定はドリフト項はCall Option価格に影響を与えないという結論を導く。しかし、その仮定を取り払った場合にはドリフト項がCall Optionのプライシングに重要であり、実際には本質価値より安いCall Optionを市場から買える場合がある、ということになる。これは著者個人の考えに負うところが大きく断定はできないので、読者諸賢は自分なりの結論を出していただければ幸いである。先日紹介したテキストでも、risk-free rateをドリフトに使う仮定はおかしいのでは? という問題意識は提示されている。


The Intelligent Option Investor: Applying Value Investing to the World of Options

いつもOTMのバーベル戦略が選ばれるのか?

最後に、インプリケーションがどれぐらいの銘柄に当てはまるものなのか、参考程度に個別銘柄で同様の分析を行った結果を紹介する。退屈な企業に大きく賭ける (1) で注意事項を挙げた通り、個別銘柄のリターン予測に過去リターンの分布をそのまま使うことはおすすめしない。あくまで本質価値との乖離から分布を設定することを強く勧める(従って財務諸表の各種数値から年次リターン分布を予測する回帰モデルを作るべきだ)。しかし参考程度に、同様に過去のリターン分布が再現できると仮定した場合にどのようなポートフォリオが優れているのか知ることは読者の興味になり得るだろう。

今回は Visa (V)を例題銘柄とした。安定したキャッシュフローを生み続けている銘柄である。モバイルペイメントにdisruptされるという噂がよく立つが実際にはそちらからも収益を上げている ので、とりあえず安定したリターン分布が続くと仮定しやすい銘柄だと考えた。実際には2016年7月30日現在でP/Eが33もある割高銘柄であるので、今回の分析の仮定の脆弱さは忘れないでいただきたい。図3の日次リターン分布をもとにしてシミュレートしたのが図4の年次リターン分布である。オプションの在庫の関係で満期は2017年6月16日となっている。またツールの関係でfrom 2004と表示されているが、実際にはfrom 2008である(それ以前は上場していない)。

V.daily

図3. VISA: 2008年から2016年までの日次リターン分布推定結果

 

V.annual.stock

図4. VISA: シミュレートされた年次リターン分布

着目すべきは最適化で実際に選定された現金 + Call Optionsのポートフォリオである。87パーセントを現金に, 13パーセントをCall Optionに当てるということでSPYの場合よりもOptionの割合がかなり高い(従って最悪ケースでは13パーセントのロスになる)。しかし行使価格が$77.5, オプション市場価格: (6.75+6.95)/2=$6.85 で現在株価の$78.05から見ると やや In-The-Money (ITM)である。OTMではなくITMが選ばれた。バーベル戦略ではあるが、バーベルの端は尖り具合が小さい、というわけだ。

V.annual.call

図5. VISA: 最適化された現金+Call ポートフォリオの年次リターン分布

同様に$100,000を賭ける場合を考えるとレバレッジ比率は以下の計算により、1.5倍である。OTMではなくITMを使うことでレバレッジを抑えるべき・より現物株に近いペイオフ曲線にせよと言われているわけである。VISAの場合、優良企業で人気があるためOTMは順調に株価が上昇すると凄まじいリターンをもたらすことになる。この予想にもとづきOTM Call Optionは人気がですぎて割高になっている可能性が高い。

  • 現物株式: 100,000 / 78.05 = 1281 [株]購入
  • 現金+Call: 13,000 / 6.85 = 1897[株]分なので 19枚
  • レバレッジは 1897 / 1281 = 1.5 [倍]

肝心のリターン分布であるが、ITMを使っているおかげで、まぁまぁの利益が得られる可能性もかなり高くなっており、現物株式よりほぼdominantに優れたポジションになっている。もちろん、これはリターンの予測分布が正しかった場合の結果であるから、実際の運用に当たっては株価とファンダメンタルズとの乖離をよく考える必要がある。

結論

現金とCall Optionsで組むポートフォリオの最適値を、シミュレーションベースで計算する方法を提示した。SPYとVISAを比べてわかるように最適ポートフォリオは銘柄と市場の状況によって異なる。ITM, At-The-Money (ATM), OTMのどれを買えばいいのかにも注意深い計算が必要である。

単純な統計的アプローチ+シミュレーションベースの愚直な最適化が、ギャンブルに流行る投資家の射幸心に歯止めをかけられることを示した。保険をかけて1.5-2.5倍程度のレバレッジをかけるポジションが推奨されており、間違っても5倍とか10倍といった結果は出てこない。妥当なレバレッジの目安レンジが、退屈な株式をレバレッジ投資する投資家に多くの示唆をもたらすことを期待する。