集合知の質: 1ドル1票か1人1票かあるいは? (1)

集合知、あるいは反対の集合愚に関する議論がますます盛んになってきていると感じる。民主主義の危機も部分的には叫ばれている。かといって、一人の独裁者が全てを決める社会に持続性がないことは多くの人がすでに知っている。独裁ではない意思決定方法には多くあり、その一部は市場を使って決める。詳しく知りたければ社会的選択理論 (Social Choice)に関する本を参照してほしいが、今回は市場を使ったものに焦点を絞る。市場を使ったアプローチは利点も大きいが完璧ではなく、その利用方法はさらに研究余地がある。市場が産み出したものの何を利用するかが大事なのだ。意思決定に用いる市場は予測市場 (Prediction Market)と呼ばれる。通常は最終株価あるいは現在株価が大事な予測値として使われるのだが、電子化された予測市場のあらゆる取引記録、つまり市場の過渡状態の記録に民主主義を強くする価値があるのではというのが現時点の著者の考えだ。

今日は予測市場の紹介と、その光と闇を取り上げたい。闇として、予測市場がUKのEU離脱予測に失敗したことを取り上げる。光に期待する声として、いわゆるシルバーデモクラシーを嘆く政府内の友人の参考意見を紹介する。その上で次回以降、市場の闇をグレーに変えていく方法論について議論したいと思う。予告だけしておくと次回のキーワードは行動ゲーム理論である。賢くない人たち同士の競争まで考えたより現実的なゲーム理論であり、賢い人が賢くない人の行動を読み間違えて損するケースも取り扱っている。ある意味でUKで起きたことを分析するのに向いたツールである。

投票と統計学

選挙のように、複数人の人の選択の平均を取ることで意思決定を行うケースがこの世にはたくさんある。各投票者の選択は、社会全体にとって「後付けで望ましいことがわかった」正解に対してノイズを乗せたものだと解釈することができる。大雑把には投票とは算術平均を計算する行為であり、たくさんのサンプル数 n を持ってくることで、ノイズ項を0に近づける。一人一人の予想は誤っていても集団の知恵は正解に近いことを期待するわけだ。

大衆は愚かで意思決定を任せてはいけないとあなたが思ったとしても、確率論的に考えれば独裁が望ましくないのは自明である。サンプル数 n(=1) の少なさゆえ推定誤差が高すぎる。この誤差を保ったまま意思決定を続けるとどこかの時刻でほぼ確実に破綻する。たとえ独裁者がアレクサンダー大王のように賢く彼の予想が平均的には真の正解に近かったとしても、n=1での大きすぎるバリアンスはそれをことごとくspoilしてしまう。

  • (独裁者にも実際には家臣がいるからn=1ではない。象徴的意味合いとしてn=1と書いている)
  • 高い誤差のおかげで破綻、というのはボラティリティの高い株をさらに借金して買うことと似ている。その会社が優良企業で長期的に成長するのだとしても、ある特定時点での逆風で債務超過になったらあなたに次のチャンスはない。
  • 一般にGreat manはGreat mistakesを犯すものだ。カール・ポパーが「開かれた社会とその敵」で議論したとおりである。


The Open Society and Its Enemies (Routledge Classics)

反対に、直接民主制は nを最大化することで意思決定の質におけるバリアンスを減らすアプローチである。推定誤差を減らそうというわけだが、この方法に反対する人は大衆が愚かだという観念を持っていることが多い。彼らは独裁制までは支持しないが寡頭制に近いアプローチを好む。nは1よりはある程度大きいが最大ではなく、知識階級が大きなウェイトを持った加重平均を考えようというわけだ。知識階級の方が良い予測値を持っているという仮定が十分に正しければ合理性はある。統計学的に見れば、バリアンスをある程度犠牲にするがバイアスを減らすアプローチであり、両者の合計が最小化できればアプローチは何でも良いということだってできる。

さて、日本国内の報道における知識階級の人々の意見だと、相対的に後者の考え方、つまりバリアンスを犠牲にしてバイアスを下げる考え方が強くなってきているように著者は受け取っている。例えば、UKにおけるEU離脱投票結果において、知識のない一般市民に離脱意思決定をさせてはならなかったとの言説がある。軍事や外交に関わる問題は知識階級と一般市民との知識差が大きすぎるため、知識階級内での投票にとどめた方が良いというわけだ。

著者としては、原則としてのこの知識階級ウェイティング論に異論はないのだが、今回のUK離脱から得られた示唆はむしろ均等ウェイティングの良さを再確認させるものだった。無論、外交問題を国民投票しろと言っているわけではない。知識階級が今回の結果を予測できなかったことと予測市場の失敗という事件が、知識人の予測能力をディスカウントすべき証拠の一つとして提示されたのだ。

予測市場 = 賢い or 金持ちほど票数が増える投票

単純平均を信じない人々にも何種類かいる。右派の富豪の一部は、金を持っている人の方がそうでない人より賢いのだから票がカネで買えるべきだと思っている。左派の知識人の一部は専門知識の深さによって票が増えるべきだと思っている。残る我々庶民は率直な感覚を覚えておくべきだ。どちらも傲慢であると。しかし、少なくとも右派の理想をすでに実現している投票システムがこの世には存在する。それが予測市場である。そして予測市場は左派の発想も内包している。だから予測市場について利点と欠陥を知ることは、あなたが傲慢な右派 or 左派と対峙する時の有効な知恵になるだろう。


普通の人たちを予言者に変える 「予測市場」という新戦略

予測市場とは、UK国民投票で言えば最終投票結果がStay or Leaveのどちらかになるかを予想して、予想した方向に株式をlong or shortする株式市場である。”Stay” stockに対して自分の好きな金額を賭けることができる。予想した方向が当たればあらかじめ決められた金額が受け取れ、外れると掛け金は紙くずになる。リターンは株式取得時の価格と最終的なpaybackとの比で計算される。例えば Stayが勝つと$1帰ってくる予測市場の現在株価が $0.4 だったら、集団として人類は40%の確率でStayが勝つと予測しているということだ。一つの大きな特徴は、競馬のように一回だけギャンブルして終わりではなく、その時々の情勢に応じて掛け金を追加したり損きりできる点である。この結果、最新の情報が株価に織り込まれるとされる。

途中から参入したり脱退できるという性質は強力な予測能力の根拠となる。例えばStayの株価が$0.4だが、投資家であるあなたの極めて精密な推定が60%の確率でStayだったとしよう。しかしどう見積もっても70%はないこともあなたは知っていたとする。あなたはStay株式を買って大きなリスクをとるべきだろうか? 答えは部分的にはそうだが、最後まで株式を持っていてはいけない。あなたのやることは次の通り。

  • $0.4の価格で株式を買う
  • 数日後、あなたの予想に世間が追いついて株価が$0.6に上がる
  • この時点で株式を売り抜けて利益を得る。これ以上持っていても、あなたの予測が正しい限り期待リターンはゼロだから。

要は本当の投票日まで待たなくても、各人が自分の予想にあったポジションを取ることができるわけだ。このポジショニング上の柔軟性があるため、そして金を儲けるためなら人は必死に先読みや調査をするので、予測市場の株価は無責任なアンケート回答よりも真実を反映しやすい傾向がある。自分の予測に絶大な自信がある人は、多額の金額を賭けるだろう。それが本当に正しいならその人は大金を儲け、次回はもっと大きな金額を賭けられる。一方、大言壮語したが外した愚か者は大金を失って市場から退出していく。つまり、賢い人ほど金が増えて投票ウェイトも上がってくる合理的な仕組みだというわけだ。ここで一つポイント: このウェイト上昇が合理的だと完全には納得しなかったあなたはセンスがある。次回の記事を待ってほしい

予測市場には、明確な既存データがないドメインでも予測を提供できるメリットもある。コンピューターを使った人工知能・統計的予測ではまずデータベースの整備が必要で、例えば途上国での投資はそれだけで大変だったりするのだが、予測市場は賭け事をする場所さえ作ってしまえば人々の脳の中の知識が勝手に株価という予測値に変換される。複雑なクエリーいらずのすぐれたデータベース作成システムでもあるのだ。

大きく外した予測市場と富裕投資家

このように原理上の多くの魅力を持った予測市場だが、実は今回のUK国民投票ではStay (Remain)に賭ける株価となっていた。しかし結果はLeaveとなり、市場の予測は失敗した、とされる。例えばThe Economistは次のような記事を掲載したほか、Financial Timesには賭けの内訳に関する記述もあった。

こういったの記事に対しては実際に予測市場を運営している側からは反論もあるようだ。この論争には行動経済学上の解釈も含まれているようなので、これから読み込もうと思う。著者はまだ要点を把握していないが、次回記事の執筆前には理解しておきたい。

Financial Timesの記事を読むと分かるが、今回の予測市場では、金額が小さい小口投資家の多くがleaveに賭けており、少数の富裕層が大金をstayに賭けていたようである。その合計をとった結果、市場全体の予想はstayであった。

さて、この少数の大金を賭けた「富裕層 or 知識人」は派手にお金を失ったわけである。この結果を見た人はある種のコモンセンスに従ってこう考えるはずだ。金額でウェイティングせずに予測した人の人数だけ見たらleaveと正しく予想してたんじゃないの? と。

彼らはお金を失った。だから次回以降も賭けを続けるならこの外した「賢くない」人たちの影響力は下がるだろう。しかしUKのEU離脱に関する予想は今回一回きりである。未来に約束されていたはずの市場の効率性はもたらされない。そして、少なくとも今回の投票においては「賢くない」人はアンダーウェイトされなかった。時刻 t での失敗/成功は 時刻 (t+1)以降にしか反映されないという性質が、しばしば致命的になるのだ。均衡(定常状態)ではなく、過渡状態を考えなければいけないのである – だからこそ次回行動ゲーム理論が鍵になるのだが。

責任を持たせる予測市場

しかし予測市場に依然として期待する人もいる。公務員の友人の中に期待している人がいると言ったらどう感じるだろうか。放漫財政にYESを言う高齢者に疲れ果てた人にとって、市場ベースの投票は福音にも聞こえるのである。

まず最初に断っておくと、著者にはシルバーデモクラシーが高齢化社会である日本の真の問題なのかどうかは不明である。シルバーデモクラシーではなく若者の投票率が低いことが問題だという考えもできる。つまり、全員が真面目に投票したら自然と集合知が発揮されて良い政治的選択をするのかもしれない、と。しかし投票をしない人たちがすでに投票をしている人と劇的に違っていてしかも既存の投票者よりも賢い選好を示すとは思い難い。投票しなかった人の選好という欠損値を補間しても、既存の投票率と似た分布しか示さないように思える。そしてその似た分布が結果的にもたらす政治的選択は現在のものと同一である。このあたりの欠損値推定がどうなるかは興味深いが、そのような社会実験を行うためには無記名投票ではなくて記名投票して回帰分析する必要がある。このような一様でない補間は投票の自由・安全を脅かす危険を持っているわけだ。

以降、仮にシルバーデモクラシーが日本の問題だとする。つまり老人は将来の日本の財政・次の世代の負担に対して無責任であり、自分だけが最後まで国富を浪費して若者の未来を奪っていくという考え方である。このようなモラルハザードが発生するのは、愚かな政治的選択による損失が現在時刻でなく将来時刻に発生することに原因がある。そして大衆迎合的政治家と高齢者が結託すると、この将来時刻の損失を効用関数に加えずに意思決定が行われてしまう。

この時、もし老人に愚かな意思決定をした場合には今すぐ損失を負わせることができるなら、彼らも将来の世代にとってよりマシなまともな選択をしてくれるという見方がある。公務員の友人は、老人に選挙投票させる代わりに予測市場で戦わせたいらしい。結局のところは日本の将来の世代に貢献するような政策に対する株主になってほしい、というわけだ。あなたが日本の将来にとって良いことを結果的に選んでいたらあなたはお金持ちになってますます生活がエンジョイできるし、その逆だったら代金を払ってもらうというわけである。特定の政策の採択に株価がつくと、その政策のトータルのペイオフを皆頑張って計算し、その結果として財政問題に対する市民のリテラシーが上がるという方法論なのである。

 

このような予測市場は、前述したUKの国民投票予測とは少し性質が異なると思われる。どの政治家が当選するか予測することにたいした意味はない。しかし個々の政策がもたらす将来のキャッシュフローを考えた時、それが将来の日本にとって望ましくないことがすぐに予見できるものであれば、その政策の株価は暴落するだろう。最終株価をもとに政策を決める場合には、そのような政策は実際に選ばれずに済む。

このあたりは著者も実現イメージがあやふやな段階で書いてることを承知いただきたい。友人も著者も民主主義の価値は依然として信じていて、ただ異時点間意思決定がもたらすモラルハザードをより効率的に緩和する方法を追求しているのである。市場はその魅力をある程度持っているが、わずかな時刻のずれが致命的になり得ることは闇の部分で触れたとおりである。この闇をどれだけ緩和できるかが、確率、統計、投資といったテーマで学びを続けるもののチャレンジだと思うわけである。

 

広告

投稿者: rikija

機械学習・認知科学・投資アルゴリズムの研究者。作曲家 (アマチュアですが鋭意努力中) Twitter: @rikija / https://twitter.com/rikija 論文実績等は https://sites.google.com/site/rikiyatakahashi/ を参照

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中