退屈な企業に大きく賭ける (3)

退屈な企業に大きく賭ける (1)で低ボラティリティの株式にレバレッジをかける戦略を導入し、その危険性を鑑みて、直接の借金によるレバレッジではなくCall Optionを使うことを提案した。市場で売買されているCall Optionのうち何をどれだけ買うのが適切か知るためには、原資産がもたらすリターンの確率分布が必要であり、その実データによる推定例を退屈な企業に大きく賭ける (2)で取り上げた。原資産のリターン確率分布が得られたところで、今回は現金+Call Optionsのポジション量の調節を行う。

データと分析の範囲

オプションの市場価格は一応webサイトから取得できる。S&P500 ETFであるSPYのオプション価格はたとえばYahoo Financeならこちらで見られる。しかし公開されている価格データには誤った数字が記載されていることがよくある。実際のbid/ask/last値については契約しているブローカーからきちんとデータを入手すること。

本日我々が議論するのは限月まで1年ほどの長期Call Optionである。限月が9ヶ月を超えるOptionは一般にLong-Term Equity Anticipation Securities (LEAPS)と呼ばれるが、期限が長いことを除けばごく普通のバニラオプションである。日本では日経平均先物に対する限月の短いオプションしか流動性が無いようだが、米国株のオプションは限月が短いものも長いものも流動性があり、Market Makerが最低10枚 (=1,000株)の取引が可能となるようなbid値とask値を絶えず出す義務を負っている。長期になればbidとaskのスプレッドはそれなりに大きく最初の注文でこのスプレッド分の損失を受け入れる必要がある。しかし適切なオプションを買えば、このスプレッドによる損失よりもずっと大きなリターンが後から手にできる。

LEAPSはアメリカン・オプションで限月までのどの営業日でも行使可能である。一方で本日の分析では、限月にのみ行使する前提でペイオフを計算する。つまりヨーロピアン・タイプのペイオフ特性を仮定する。今回我々はCall Optionしか扱わないのでアメリカンとヨーロピアンは理論価格が同一となり違いを無視してよい。Call Optionは配当が支払われることで下落するのだが、この配当の影響は今日の分析では無視している。もしSPY ETFに投資するなら配当は実際のところ重要なので、配当まで含めた意思決定は読者にお任せする。

SPYに関して限月が1年に最も近いのは、本日現在 2017年6月30日満期のものである。取引上は2017年7月1日にOptions Clearing Corporation (OCC)による自動行使が行われる。この日が満期のCall Optionに関して、その(行使価格, bid, ask, last)のデータを取得する。bidとaskがある程度開くので買付にあたって実際にいくら支払う必要があるかは板次第なのだが、ここでは(bid+ask)/2で買えたと仮定する。正規分布を仮定したブラック・ショールズ式は特に用いず、本日現在のオプションの市場価格と予測された年次リターン分布を元にポートフォリオを組成する。

愚直なポートフォリオ最適化

コールオプションのペイオフは、2017年6月30日の株価が行使価格以上だったら(株価-行使価格)-オプション購入価格, そうでなかったら – オプション購入価格である。儲けを出すためには、株価が行使価格とオプション購入価格の合計を超えなければいけない。

  • 米国株オプションは現物決済である。満期の時点で必要源資産を買い付ける現金がない場合には前日までにオプションを他人に転売すること。そうでないと、レバレッジがかかった状態で週末の間の価格変動リスクを負うことになる
  • 正確には自動行使の行われる土曜日には市場での転売はできないので、前日である金曜日に差金決済(行使して手に入れたSPY ETFをすぐ売却する)前提で記載している

オプション購入価格をP_0, 本日現在の株価をS_0, 行使価格をKとおく。実現した株価リターン(対数ではなく通常の割合の方)をY_Tとすると、投下金額であるオプション購入価格を分母とした資産倍率(=Return on Invested Capitalに1を足したもの)は \max \lbrace (S_0(1+Y_T) - K)/P_0 , 0 \rbrace となる。この資産増加倍率と現金(資産増加倍率はrisk-free rateで定数)との間で実際にポートフォリオを組み、所望のリスク・リターン尺度を達成するベストのポートフォリオを探索すれば良い。実際に最良の行使価格とポートフォリオを探索するコードは例えば下記のRコードのように行う。

for(optionAttr in optionAttrList){
  K  <- optionAttr$StrikePrice
  P0 <- optionAttr$MarketPrice
  callMult <- ifelse(S0*(1+y)&amp;gt;K, S0*(1+y)-K, 0.0) / P0
  for(r in c(0:100)/100.0){
    y_r = log((1-r) + r*callMult)
    if(satisfy_constraint(y_r)){
       perf <- mean(y_r)
        maxPerf <- perf
        bestDist <- y_r
        bestPosSize <- r
        bestOptionAttr <- optionAttr
      }
    }
  }
}

 

上記のRコードについて少し解説すると、

  • 変数 y にn(=10,000)個のシミュレートされた年次リターン・ランダムサンプルが入っている
  • 変数optionAttrListに全てのCall Optionの(行使価格, 市場価格=(bid+ask)/2)が入っている
  • 年次リターン・ランダムサンプルの一つ一つに対してCall Optionを行使する方が得か損かを判定し、Call Option全体の資産増加率に関するランダムサンプルを得る
  • Call Option全体の資産増加率に関するランダムサンプルと、現金 (ここでは金利0としているがより現実的にはrisk-free rateを入れる)とをr:(1-r)の比率で混ぜたポートフォリオによる資産増加率について、最終的なランダムサンプルを得る
  • 最終的なランダムサンプルに対する統計量: 例えばValue at RiskとかExpected Shortfall を計算しそれが条件を満たしているポートフォリオの中で (この処理を関数satisfy_constraintで行う)、なるべく期待値が高いものを探索する
  • 期待値に関する補足: リターンそのものの期待値ではなく、資産増加率(=1+リターン)の対数に関する期待値を取ることで長期投資に向いたポートフォリオができる
    • リスク資産の分布が来年以降も同じであった場合に、今回と同じ賭けを複利で運用していくと仮定する
    • その場合、トータルの期間の対数リターンは対数期待値 x 年数 にだんだん収束する
    • 期待値最大化よりも対数期待値最大化の方がより持続性のあるポートフォリオになる。詳細は別エントリーでそのうち書きたいと思う

モンテカルロ法のランダムサンプルに対して 混合比 (1-r):r をグリッドに区切って探索しているだけのexhaustiveなコードであるが、リターン分布の特性に関して制約されないので実務上有効なアプローチである。

実際に最適化されたポートフォリオの例

著者の手元のシミュレーションでSPY 2017年6月30日満期のCall Optionと現金のポートフォリオとして最適と判断されたのは、以下の通りである

  • 投資金額の97%を現金で持つ (ほとんど現金である!)
  • 残りの3%で、行使価格 $238 のCall Optionを買う: 市場価格は$2.59
  • SPYの2016年7月26日終値が$216.75なので、ほぼ10% Out-of-The-Money (OTM)のCall Optionを買うことになる

SPY.annual.call

図1. (再掲) 最適化された現金+Call Optionsポートフォリオの年次リターン確率分布

ほとんど現金なので最悪ケースでも97%の元本が確保されるのだが、OTM Callを買っているため、それでも普通にETFを買っているよりレバレッジがかかっているのである。例えばあなたが $100,000 (一千万円以上)投資するとすると、

  • ETF: 100,000/216.75 = 461 [株]を買う
  • 現金+Call: $97,000 を現金としてリザーブし、$3,000で $2.59のオプションを 1158株分,
    オプションは100株単位でしか買えないので 12枚買う
  • ETFとCall Optionとを比較すると、後者は1158/461 = 2.5[倍]のレバレッジがかかっている

見かけの金額が小さいことに騙されないよう。実際にはCall Optionのポートフォリオは元のSPY ETFの変動を2.5倍も増幅するように賭けているのである。10%のOTMなので株価が上がってもすぐにCall Optionの価値は上がらないが、SPYが上昇しオプションがIn-The-Money (ITM)になるに連れて激しい変動がもたらされるようになる。それでもレバレッジを2.5倍程度にとどめるように、というのはなかなか示唆に富んでいないだろうか。買いつけ可能金額だけならもっとたくさんのCall Optionを買うことができるが、実際にはそのようなギャンプルはほぼ確実に失敗に終わる。大ギャンブルすることが可能な状況において流行る射幸心を抑えることがオプションのロングポジションを構成する時の基本というわけである。それでも2.5倍レバレッジしているということは、保険に頼ることでちょっとだけ大胆になっている、というわけだ。

今回のような、大部分を安全資産に賭けつつ、一部の限定された割合を変動の激しい資産に賭ける方法をバーベル戦略というが、Nassim Nicholas Talebが昔から推奨している方法が今回の数理的最適化でも結果的に選定された点は興味深い。

 

ブラック・スワン[上]―不確実性とリスクの本質

ETF原資産との比較で、バーベル戦略のポートフォリオがどの点で優位/劣位にたっているのか明らかにするには、両者のリターン分布を同一のスケールで重ねて描画してみると良い。それは図2の通りである。現金+Callはほとんどの場合は少しだけ損をして終わるため、例えば20%ぐらいのまぁまぁのリターンを達成する可能性は原資産よりも低いのだが、最悪ケースと最良ケース、そして平均では勝っている。

SPY.stock_vs_call

図2. 元のETFと選ばれた現金+Callとの年次リターン確率分布の比較

裁定機会の存在について

オプション・プライシングモデルに詳しい一部の読者諸賢は、完全なフリーランチではないとはいえ、今回のSPYのような優れたポートフォリオが組めるならもっとオプションの市場価格が上がってしかるべきではないか? 裁定機会が存在するのはおかしいのではないか? と思うかもしれない。著者の考えでは実際におかしいのはプライシングモデルの方で、裁定機会が存在しないという仮定は成り立っていないと思う。

ブラック・ショールズの公式なら、二つの点が特にずれている。一つ目はよく言われることで、ファットテールを考慮していない。二つ目の点が今回の戦略のもとになっているのだが、幾何ブラウン運動のドリフト項をrisk-free rateに選ぶモデリングは実際の価格と一致しないと考えている。歴史的に見てもSPYは6%程度の平均リターンをもたらしてきたわけで、10年満期T-bond (米国債)よりも利率が良い。金融工学の授業で習うように、裁定機会が存在しないという仮定はドリフト項はCall Option価格に影響を与えないという結論を導く。しかし、その仮定を取り払った場合にはドリフト項がCall Optionのプライシングに重要であり、実際には本質価値より安いCall Optionを市場から買える場合がある、ということになる。これは著者個人の考えに負うところが大きく断定はできないので、読者諸賢は自分なりの結論を出していただければ幸いである。先日紹介したテキストでも、risk-free rateをドリフトに使う仮定はおかしいのでは? という問題意識は提示されている。


The Intelligent Option Investor: Applying Value Investing to the World of Options

いつもOTMのバーベル戦略が選ばれるのか?

最後に、インプリケーションがどれぐらいの銘柄に当てはまるものなのか、参考程度に個別銘柄で同様の分析を行った結果を紹介する。退屈な企業に大きく賭ける (1) で注意事項を挙げた通り、個別銘柄のリターン予測に過去リターンの分布をそのまま使うことはおすすめしない。あくまで本質価値との乖離から分布を設定することを強く勧める(従って財務諸表の各種数値から年次リターン分布を予測する回帰モデルを作るべきだ)。しかし参考程度に、同様に過去のリターン分布が再現できると仮定した場合にどのようなポートフォリオが優れているのか知ることは読者の興味になり得るだろう。

今回は Visa (V)を例題銘柄とした。安定したキャッシュフローを生み続けている銘柄である。モバイルペイメントにdisruptされるという噂がよく立つが実際にはそちらからも収益を上げている ので、とりあえず安定したリターン分布が続くと仮定しやすい銘柄だと考えた。実際には2016年7月30日現在でP/Eが33もある割高銘柄であるので、今回の分析の仮定の脆弱さは忘れないでいただきたい。図3の日次リターン分布をもとにしてシミュレートしたのが図4の年次リターン分布である。オプションの在庫の関係で満期は2017年6月16日となっている。またツールの関係でfrom 2004と表示されているが、実際にはfrom 2008である(それ以前は上場していない)。

V.daily

図3. VISA: 2008年から2016年までの日次リターン分布推定結果

 

V.annual.stock

図4. VISA: シミュレートされた年次リターン分布

着目すべきは最適化で実際に選定された現金 + Call Optionsのポートフォリオである。87パーセントを現金に, 13パーセントをCall Optionに当てるということでSPYの場合よりもOptionの割合がかなり高い(従って最悪ケースでは13パーセントのロスになる)。しかし行使価格が$77.5, オプション市場価格: (6.75+6.95)/2=$6.85 で現在株価の$78.05から見ると やや In-The-Money (ITM)である。OTMではなくITMが選ばれた。バーベル戦略ではあるが、バーベルの端は尖り具合が小さい、というわけだ。

V.annual.call

図5. VISA: 最適化された現金+Call ポートフォリオの年次リターン分布

同様に$100,000を賭ける場合を考えるとレバレッジ比率は以下の計算により、1.5倍である。OTMではなくITMを使うことでレバレッジを抑えるべき・より現物株に近いペイオフ曲線にせよと言われているわけである。VISAの場合、優良企業で人気があるためOTMは順調に株価が上昇すると凄まじいリターンをもたらすことになる。この予想にもとづきOTM Call Optionは人気がですぎて割高になっている可能性が高い。

  • 現物株式: 100,000 / 78.05 = 1281 [株]購入
  • 現金+Call: 13,000 / 6.85 = 1897[株]分なので 19枚
  • レバレッジは 1897 / 1281 = 1.5 [倍]

肝心のリターン分布であるが、ITMを使っているおかげで、まぁまぁの利益が得られる可能性もかなり高くなっており、現物株式よりほぼdominantに優れたポジションになっている。もちろん、これはリターンの予測分布が正しかった場合の結果であるから、実際の運用に当たっては株価とファンダメンタルズとの乖離をよく考える必要がある。

結論

現金とCall Optionsで組むポートフォリオの最適値を、シミュレーションベースで計算する方法を提示した。SPYとVISAを比べてわかるように最適ポートフォリオは銘柄と市場の状況によって異なる。ITM, At-The-Money (ATM), OTMのどれを買えばいいのかにも注意深い計算が必要である。

単純な統計的アプローチ+シミュレーションベースの愚直な最適化が、ギャンブルに流行る投資家の射幸心に歯止めをかけられることを示した。保険をかけて1.5-2.5倍程度のレバレッジをかけるポジションが推奨されており、間違っても5倍とか10倍といった結果は出てこない。妥当なレバレッジの目安レンジが、退屈な株式をレバレッジ投資する投資家に多くの示唆をもたらすことを期待する。

 

 

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投稿者: rikija

機械学習・認知科学・投資アルゴリズムの研究者。作曲家 (アマチュアですが鋭意努力中) Twitter: @rikija / https://twitter.com/rikija 論文実績等は https://sites.google.com/site/rikiyatakahashi/ を参照

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