退屈な企業に大きく賭ける (1)

先日、あるITエンジニアが株式投資を始めようとしていた。GoogleやFacebook, Netflixなどの著名なIT企業の株式を買って大当たりを狙うことを考えたようだ。GoogleやFacebookが今後も大きなearnings growthを示すかどうかは各人の予想に任せるとして置いておこう。ただこれらの企業は、例えばJohnson & Johnsonのような安定優良企業に比べて日々の株価の変動が激しい(=ボラティリティが高い)ことに多くの人は異論を唱えないと思う。

大きく狙うのも人生そんなに悪いことじゃない。けれどボラティリティの高い成長企業の株を買うことだけが、大きく勝つ方法なのだろうか? あるいは大きく勝つ方法の中の最善は成長企業の株を買うことなのだろうか? ブローカーに注文を入れる前にこのような自問自答ができるかどうかが、ど素人から素人に成長するにあたっての昇進試験である。

大きく勝つ手段の他の一つである、ボラティリティの低い企業の株をレバレッジをかけて買うという方法について議論しよう。借金することで、自分の持っている現金よりも大きな量の株式を取得するのである。

簡単のため、仮想的にA社とB社の株式について考える。そして年間リターンは正規分布に従うと仮定する(もちろん実際は従わないが理解のためである)。現在株価がともに$100で予想リターンが以下の通りの時、$10,000持っているあなたが大きく狙うならどのように銘柄選択するだろうか?

  • A社: 6\% \pm 8\%
  • B社: 17\% \pm 32\%

多くの人はB社株を100株買う。しかし一部の人は、なんと$30,000も借金してA社を400株買う。この時、例えば金利を必ず3%払う必要があり、期待リターンは結果として6\times 4-3=21[%]となる。結局のところ、二つの投資戦略の予想ペイオフは以下の通りである。同じボラティリティにもかかわらず、借金アプローチの方が期待値が高い!

  • B社を100株の場合: \$1,700 \pm \$3,200
  • A社を400株の場合: \$2,100 \pm \$3,200

人々はおうむ返しのように世の中はハイリスク・ハイリターンが当然だ、と教えられて刷り込まれていく。絶対水準に関しては殆どの場合そうだろう。しかしリターンとリスクの比率 (有限分散が仮定できる世界ではSharpe Ratioと呼ばれるものである) に関してはあまり正しくないケースが多い。低いボラティリティの株をレバレッジをかけて買う方が、高いボラティリティの現物株を買うよりも有利な現象はLow Volatility Anomaly と呼ばれている。

世の中には先を考える人がいるもので、A社とB社の相関を打ち消した応用戦略まで考える人もいる。Betting against Betaと呼ばれる戦略は以下のようなポジションの取り方をする。

  • 高ボラティリティの株を空売りする
  • 低ボラティリティの株をレバレッジをかけて買う

信用取引全開で目眩がするが、何か見落としがないだろうか (もちろんある。これは後述する)。しかしまず上がってくる疑問は、なぜこのようなアノマリーが持続しているかということである。これだけ性質が分かりきっている賭けならボラティリティの低い株式の買い付けが増えてしまい、リターンの期待値が減ることで結果的にアノマリーは消えるのではないか? そういう疑念があるが、実際には、おそらくは以下の二つの仮説のどちらかのせいで、このアノマリーは残り続けているのである。

  1. 世の中には金融規制があるので、そもそもそんなに大きな倍率のレバレッジをかけることができない。この結果、低ボラティリティの株が賭け足りない状況になっており、裁定機会が残る
  2. GoogleやFacebookの株を買う人は宝くじを買うようなナイーブなギャンブラーが多く、これらの企業は低ボラティリティ銘柄に比べて買われすぎ・過大評価される傾向がある。割高価格での購入が、長期で見ると低いリターン/リスク比率につながる

どちらの仮説が妥当そうかは論文でも議論されているので、興味のある方は読まれたい。ある種の観測データからは1.が支持されるようだ。ただし感覚について述べるのを許すならば(だってこのブログは主観について扱うからね)、著者の友人を見渡した上で2.も妥当性を感じられる。オンラインブローカーで軽々しく株式を買う輩はコンピューターに詳しいことが多く、IT業界で働いている可能性が高い。彼らはそもそもコンピューターと直結したビジネス以外は何も知らなかったりする。そのようなナイーブな投資家が、他の手段について調査せずにIT企業の株式をすぐ購入してしまうことで、需給関係の結果として株価が割高になるというシナリオは無視できないと思っている。

Betting against Beta戦略、あるいは低ボラティリティ株のロング戦略はWarren BuffettのBerkshire Hathawayが行っている投資戦略と類似していることが Buffett’s Alpha という論文で指摘されている。この論文もバリュー投資家の間では著名であり、未読の人には是非目を通されることを勧める。Berkshireの場合には自社が販売する保険のpremium (insurance floatという)を使ってレバレッジをかけているのだが、その定量分析も論文に掲載されている。さらに加えると、Low Volatilityをlongする戦略は手数料の低いETFとしても商品化されており、例えばPowerShares S&P 500 Low Volatility ETF (SPLV)はパフォーマンスの良いETFである。このETFは2016年1月の暴落以降、「質への逃避」のせいで人気が集まりすぎている気配さえある。 Disclosure: 著者は2016年7月26日現在 Berkshire Hathaway (BRK.B)の株主である

さて、レバレッジを万歳するかのような書き方は不本意であった。レバレッジはこれ以上良い銘柄選択ができなくなった時の、最後の手段であることを覚えておかなければいけない。ここまでに書いた内容のある程度をきちんと疑ってほしい。一番警戒すべきはテールリスクである。先ほどのA社株 6\% \pm 8\% と書いたが、本当に8%までしかダウンしないなんて保証があるだろうか? もし何らかの突発的ニュースで株価が一度に30%下落したとしよう。この場合、4倍レバレッジのかかったポジションにおいては-120%となり一発で破産する。ゼロになるだけならまだしも、債務超過で借金取りに追われるようになったら本当に人生が辛くなる。単に期待値と標準偏差を定数倍するだけのリスク管理では、低い確率で起きる大暴落に対する備えができないのである。これに対して、現物でB社株を買うだけならゼロより下に行くことは絶対にない。Low Volatility Anomalyは、レバレッジの持つこのような恐ろしさに対してあらかじめかけられた保険料だと見ることもできるわけだ。著者はたとえWarren BuffettやCharlie Mungerが引退してもその銘柄選定眼が後継者に受け継がれると考えている。したがってBerkshireを長期保有するつもりではいるが、保険というビジネスはテールリスクが敵となるビジネスなので(実際Berkshireは2001年の911で莫大な再保険料を払うことになったし、2008年の金融危機でも大きく傷ついた)、同社株に対するput optionを使って時々は保険をかけている。

さて、レバレッジの恐ろしさを思い知ったあなたはここで知的探索を諦めるだろうか?諦めるとは、バカになって単に流行しているIT企業またはバイオ企業の株を買うことである。それとも、もう少しばかり著者に付き合っていただけるだろうか? 知的探索とは、このLow Volatility Anomalyをもっと賢く利用する方法がないか更に考えることである。そのヒントの最後は前段落の最後の一文にある「保険をかける」ことである。株式にレバレッジをかけつつ暴落時は保険により破産しないで済む方法 – そのような狡猾なポジションを可能にするアセットクラス。我々庶民に与えられた最後のバズーカがcall optionである。

Low Volatility株のレバレッジに関するこの記事は複数回に分ける。次回はcall optionを使ったレバレッジについて紹介するとともに、プログラミング言語Rを使って定量的にリスク・リターン分析を行う。Call optionを使った投資も一番大事なのはリスク管理で、特にどれだけの量のCall optionを買いつけるかが肝になる。Call optionのロングは、直感で買う分には単にパチンコで浪費をするのと同様の結果に終わる。しかし理性と忍耐がある投資家には一流のベンチャーキャピタル並みのパフォーマンスがもたらされる。金融市場で働く計量経済学者たちと同様のアプローチに踏み込むので、楽しみにしてて欲しい。

 

 

 

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投稿者: rikija

機械学習・認知科学・投資アルゴリズムの研究者。作曲家 (アマチュアですが鋭意努力中) Twitter: @rikija / https://twitter.com/rikija 論文実績等は https://sites.google.com/site/rikiyatakahashi/ を参照

“退屈な企業に大きく賭ける (1)” への 2 件のフィードバック

  1. >しかし一部の人は、なんと$30,000も借金してA社を400株買う。この時、例えば金利を必ず3%払う必要があり、期待リターンは結果として6*4-3=21[%]となる。

    この部分の計算なのですが、単純に金利の3%を引いて良いのでしょうか?
    ・借金にかかる利子: $30,000*0.03=$900
    ・借金と元金でのA社の期待リターン: $100*0.06*400±$100*0.08*400 = $2,400±$3,200
    ・期待リターン-利子: $2,400±$3,200-$900 = $1,500±$3,200

    という計算が条件下では正しいのではないのでしょうか?
    私が勘違いしている箇所がありましたら、ご指摘頂ければ幸いです。

    いいね

    1. ご指摘ありがとうございます。そうですね。借金に対して金利のマイナス3%が3倍レバレッジかかるので、
      簡潔に書くなら 6*4 – 3*3 = 15 [%] と計算すべきでしたね。
      なお期待リターンというのはリターンの期待値の意味で書いておりましたが、ボラティリティ分はご指摘の通りです。

      正しい数値で見直すとメッセージが合わなくなりますが、例えばB社: が13\% \pm 32\%であった場合など
      考えて適宜解釈してくだされば幸いです。

      いいね

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