パワードスーツを着た消費者と対話する

あなたが財やサービスを売りたいお客さんはどのような情報源を信頼して購買判断しているだろうか? あなたがたマーケターのメッセージと、Yelpやbooking.comに寄せられるレビューとどちらを信頼しているだろうか。もし、あなたが今までブランド広告で成功してきた人で、商品の本質の代わりに無関係なステータス・イメージの刷り込みに注力してきたなら、これからはその成功体験に殺されないよう警戒しよう。お客さん達の習慣が昔と同じままかどうか、良く考える必要がある。そして今のお客さんが後者のタイプであることに気づいたら、自分のできることは昔よりもずっと少なくなったことを認めたほうがいい。今の消費者は手強い軍人ではない。しかし最強のパワードスーツを着た小学生であってあなたを狙い撃ちにしている。マーケターのやれることはまだいくらかあるが、これからはB2Cのマーケティングは花形の職業ではなくなっていくかもしれない。

統計バカごときが俺たちセンス抜群のマーケターに物申すなって? オーケー。そもそもこんな態度をとるマーケターは仕事上見たことないけども(笑)、そういう人が現れたとしても著者は伝えるべきメッセージがある。このブログの著者が信用できなくても、スタンフォード大学教授で消費者心理を利用したマーケティング理論の第一人者の話は聞いてみる気にならないだろうか? 彼はノーベル経済学賞を受賞したDaniel KahnemanやAmos Tverskyの重要な共同研究者でもある。そしてその彼が、自分の成功をもたらした心理学上の発見を自己否定するかのごとく、新しい時代のマーケティング・コミュニケーションについて論じているのが本書である。真の賢者は自己破壊的な衝動を持つことでイノベーションのジレンマから逃れるものだが、彼の衝動に我々も習うべきではないだろうか。

ウソはバレる―――「定説」が通用しない時代の新しいマーケティング

彼の名はItamar Simonson。マーケティング、特に機械学習モデルと心理学モデルの境界領域をターゲット研究分野に定めた著者にとっては、キャリア上絶大な影響を受けた恩師にも当たるだろう。彼は消費者が商品を選択する際に発生するcompromise effect (1989)と呼ばれる心理学的効果を発見した。それにより、新古典派の経済学者が仮定するような一貫した効用関数を一般消費者が持たない、という事実を劇的な形で示した。Compromise effectや、あるいは別の認知バイアスであるattraction effectと呼ばれる心理現象では、消費者はどのような選択肢が提示されたかによって商品の選好順序を変えてしまう。そこでマーケターたるあなたは、店頭で提示する商品の組み合わせを意地悪く操作することで、割高な商品をいとも簡単に売りつけることができる。この心理学的テクニックは実際に多くの店舗販売で利用されてきた。

  • 便乗宣伝で申し訳ないが、著者は、compromise effectを再現しデータを元に定量予測できる特殊な機械学習モデルを2015年に発表している。論文はこちら

Compromise effectとは、トレードオフの関係にある選択肢集合からは真ん中の妥協した選択肢が選ばれやすい、という現象のことである。例えば下図のように価格と品質とにトレードオフがある選択肢をランダムに分けた被験者に見せる。Windows OSのhome edition, professional edition, ultimate editionみたいなものを想像するのが簡単だろう。この時、存在するすべての選択肢を一度に見せないのが心理実験の肝で、グループ1には選択肢集合{A,B,C}を、グループ2には{B,C,D}を、グループ3には{C,D,E}を見せる。結果はグループ1ではB、グループ2ではC、グループ3ではDが最も人気を得る。見せ方によってB>CなのかC>Bなのかが逆転してしまうわけだ。

NIPS2014

実商品の例が見たい人は下記スライドのpage 5に示した、パソコンを選ぶ例を参照してほしい。

さて、なぜこの現象がマーケティング上そんなに重要なのだろうか? それは絶対効用に基づく競争から逃れるヒントになっているからである。資本主義社会で生きる我々は常に、競合他社との競争にさらされている。たとえ良い製品を作ったとしても、似たスペックの製品を他社が出してきたら? 顧客を他社に取られないためには、同じ値段でさらに良い製品に変えるか、または値下げをして利益を諦めなければならない。ところがcompromise effectに頼ると、たとえ今の製品を改善 or 値下げしなくても、二つの追加の囮の商品: 品質が良いが値段も高い商品と値段が安いが品質も悪い商品を棚に並べておけば、あなたの商品を消費者がさも納得して買って行ってくれるのだ。これは消費者が世の中にあるすべての商品を比較して絶対効用が最大のものを探すことをせず、目の前にある3つの選択肢から相対比較だけを元に選ぶことを強要されていると発生しやすい。

ところがSimonsonは、compromise effectのような心理学効果は今日の実際の購買シチュエーションでは消えてしまうことを確認した。つまりAmazon.comやkakaku.comで類似商品を検索し、種々の商品のレビューを読んで比較して納得した一品を最後にカートに入れるという一連の行動を伴う状況では、目の前の選択肢に集中させて騙す方法が通用しないのである。

彼ら心理学者のグループは、compromise effectを含む認知バイアスが人間から消えたわけではないことも確認している。たとえオンライン・ショッピングであっても、検索行動をさせなかった場合にはcompromise effectが再現する。人間自体が賢くなったわけではないのだ。人間は依然として、有限の記憶しか持たず余計な思考を省こうとする堕落した存在であり続けている。しかし環境は大きく変わった。kakaku.comで同一製品の最安店舗を検索したり、skyscanner.comで所定のルートを飛ぶ最も有利な航空券を店舗横断で探してしまう。製品それ自体の質が不確かな場合でもレビューサイトのおかげでどの競合製品なら欲しいものを代替できるか今日では分かってしまうし、そしてその検索を更に直感的にするiPhone / Androidアプリなどが登場してきた。その結果、怠惰で間抜けな人々であっても新古典派経済学が仮定する合理的なeconomic man (経済人)と似た振る舞いを示すようになってきた。つまるところ、ヘンリー・キッシンジャー博士も真っ青の賢い軍師ではなく、インターネットという最強のパワードスーツを着た本来は非力な村人が今日の消費者であって、その村人がマーケターの仕事を奪おうとしているわけだ。

この大きな変化は、単価が高くて質の評価が容易な商品、例えばパソコンや自動車で顕著になってきている。FMCG (Fast Moving Consumer Goods)のように単価が低くていちいち真面目に検索しない商品や、芸術性を価格に転嫁している商品ではまだブランドの力が残っているだろう。しかしどのような新しいwebサービスがこれら残り少ないブランドの力を奪ってしまうかはわからない。

Simonsonたちは新しい時代の良い点も積極的に説明している。マーケターが刷り込もうとするブランドイメージがなくても、他の消費者のレビューが良ければ製品が売れるケースが出てきた。純粋に良い製品を作った人・純粋に良いサービスを提供するホテルやレストランが評価されやすい時代に変わってきたのだ。また、イメージを刷り込む代わりに、レビューコミュニティに商品の実際の利点を評価してもらうことでも売り上げを増やせる可能性がある。誤った刷り込みのおかげで高い利益率を享受してきた悪党には厳しい時代になったが、本質的な価値を実際に創造する人々には恩恵がもたらされつつあるわけだ。

本書はマーケティングだけでなくバリュー投資にとってもインプリケーションがある。オールドエコノミーに属するバリュー株銘柄の幾つかは、消費者自身の過去の経験への執着を担保としたブランド力によって価値を維持している。FMCGかつ味への執着という恩恵を受けているコカ・コーラのブランドはそう簡単に毀損しないだろう。しかし時計ブランドのバリュー株は再考が必要そうだ。他にも、B2C事業ではブランドが毀損しやすくなってもB2Bのサービスの幾つかは事前に評価することが困難なものもある。クラウド・コンピューティングのサーバーならコストパフォーマンスが客観的で他ユーザーのレビューも参考にできるだろう。一方でクライアント企業の本業ビジネスを変革するコンサルティングは、クライアントにとっての事前評価が難しくブランドの毀損は比較的ゆっくり進むだろう。未来志向のマーケター・投資家の双方にとってmust readな一冊である。

References

I. Simonson. Choice based on reasons: The case of attraction and compromise effects. Journal of Consumer Research, 16:158–174, 1989.

 

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投稿者: rikija

機械学習・認知科学・投資アルゴリズムの研究者。作曲家 (アマチュアですが鋭意努力中) Twitter: @rikija / https://twitter.com/rikija 論文実績等は https://sites.google.com/site/rikiyatakahashi/ を参照

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