音を幾何的に見ると将来の可能性がわかる

Chromatic circleを使って和声やその進行を幾何学的に捉える方法を紹介する。アナリーゼを行ってきた人にとっては馴染みの深い話だが、非音楽家もしくは演奏に集中してきた人に何らかのインスピレーションを与えられることを願って書いてみた。和声という単語は暗黙に音と音が並んだ縦の構造にフォーカスしている。しかし和声を感じ取るのに必ずしも縦方向に同タイミングである必要はないし、単にピッチクラスの集合として広く捉える方がすっきりしている。だから和声のアナリーゼに用いる分析手法自体はモード(Jazzならスケール)の選択にだって役立つ。

昔は縦方向の関係ではなく対位法のように旋律・横の関係が重要であった。しかし旋律内の個々のピッチクラス間の遷移を加速していくと、音はだんだん潰れて新しい和声が出来上がってくる。この結果、昔は受け入れ難かった複雑な和声も旋律による進行の極限として受容可能になった。

俯瞰すると、同時に鳴らすか時間をずらして鳴らすかは選択の余地がある一方で、鳴らすピッチクラスの集合を決めることが音楽の生成における重要なプロセスである。このプロセスを補助するのがChromatic circleによる分析ということになる。なお、進行の極限としての和声という見方はオリヴィエ・アランの「和声の歴史」でも紹介されており、読み物として非常にお勧めである。


文庫クセジュ448 和声の歴史 (文庫クセジュ 448)

 要旨

  • 長和音は周波数を整数倍していくことで、短和音は周波数を整数分の一していくことで現れる
  • 必ずしも長和音とか短和音に分類できない和声が多く存在する
  • Circle上で対称に配置された和音は不安定で各音の機能が特定できない
    • この曖昧性は特定調で捉えた時には不協和音であり、複数の調性が混在しているとみなすこともできる
    • この曖昧性は遠隔調への転調を容易にする。根音がはっきりした特定の和音へ進行することで、曖昧だった調性の中の一つを選択した形となる

12音の配置

多くの人は1オクターブの音の関係が感覚的に等価であることを知っている。ド(C)の音を1オクターブ上げてもドだし、ソ(G)の音を1オクターブ下げてもソである。物理的には周波数が2倍か1/2倍になる関係が1オクターブである。ここから連想して、周波数を3倍,4倍・・・と上げていくと図1のような倍音列を作ることができる。 殆どの楽器はある基本周波数の倍音を自然に含んでいる。整数倍の関係にある音は共振しやすく、つまるところハモりやすい。たとえばドの3倍の周波数としてソ(G)が現れ、5倍の周波数としてミ(E)が現れる。重複を除くと、和音の基本として知られる長三和音 (major triad) は周波数の観点でもっとも共振しやすい音を混ぜたものである。

図1. 倍音列: 左は整数倍音 / 右は整数分の一

図1左の倍音列を見ると、短三和音 (minor triad) がなかなか出てこない。短三和音も基本和音だと考える人は多いのになぜだろうか。その答えが図1右に示されている。短和音は周波数を1/2倍, 1/3倍, … と整数分の一していくと出現する。つまり短和音は長和音の逆行である。ドミソを見ると、ドとミの距離が半音4つ分で、ミとソの距離が半音3つ分だ。なのでこれを符号を反転させて、ドから半音4つ分下げるとラbが、そこから更に半音3つ分下げるとファが出てくる。ファラbドはF minorで基本的な短三和音だ。

まず最初にチューニングの話をしよう。1オクターブに対して12個の音をどのように配置するかという問題を考える。ドとソの共振関係というように特定の音と音とのピッチ関係を重視して配置する人は純正律等を用いるが、その対極にある極端としてここでは平均律について言及する。平均律は1オクターブの中を均等に分割する方法である。半音上がるごとに周波数が 2^{\frac{1}{12}}=1.05946\cdots 倍ずつ上がっていく。

平均律においてはどの音同士も完全には共振しない。そのため中途半端で響かないチューニングである。しかし異名同音(enharmonic)などの複産物を生み出すため大胆な転調を考える際に利用しやすい。このため、本稿ではこの異名同音のメリットを活用する。慣れてくればウェル・テンペラメントのように共振性と転調可能性を両方考慮した自分なりのチューニングだってできるようになる。

1オクターブして同じクラス: ピッチクラスの音に戻ることを図で表現すると、円弧を一周させるのが便利である。平均律は均等分割であるから、360°を12分割して30°ずつ動かす円を書いてみよう。12分点の頂点にピッチクラスを割り振る。シャープ/フラットどの名前を使うか、英語表記かドイツ語表記かで6通りのサンプルを図2に示した。

 

図2. chromatic circle

和音と多角形の操作

Chromatic circle上の12個の点を結んでみる。知っている和音について、それに外接する多角形を描いてみよう。まず最初はドミソのmajor triadを配置した。角度が45°,60°,75°の三角形が出来る。これを書くと円周角の定理ってのを中学のときやったなぁ…なんて思い出す。

図3. 三和音の構造

図3の左と中央はただの回転をしただけだが、これはトランスポーズの操作である。和音の中の全てのピッチクラスを同じ高さだけシフトしても和音の構造は同じだ。図3中央はファラド(F major)だが、これはドミソ(C major)を半音5つ分だけ時計回りに回転させたものである。そして図3ではドミソの中の転回は区別していない。つまりドミソ(基本形)、ミソド(第1転回形), ソドミ(第2転回形)はこれ自体では区別しない。転回形は進行のスムーズさに応じて使い分けるけども、本質的な機能が同一であることは聴感上わかると思う。

図3右は左と中央とは少し異なる。ファラbド(F minor)でminor triadである。この形はドの音と中心を結んだ軸を用いてC majorの鏡像を取ったものであり、この鏡像関係は注目に値する。minor triadはmajor triadの逆行であると先に書いたが、幾何学的には鏡像になるわけである。算数に慣れている人は直感的に納得が行くだろう。

ここまで書くと、ちょっとひねくれた頭を持つ人は、「回転したり鏡像をとっても同じ形の図形はどういう和音になるんだ?」という疑問を持つはずだ。回転しても同じということは転回形か否かと考えることにあまり意味がない。そして鏡像をとっても同じということは、長調・短調という概念が消滅して同一になってしまうことを意味する。図4はそのような和音の例である。

図4. 対称な構造を持つ和声の例

図4の1番左は三全音 (tritone) だ。古典では忌み嫌われてきた音である。2番目は増五 (augmented 5th)、3番目は減七 (diminished 7th) の和音。4番目はメシアンが好んで用いたwhole tone scaleを合わせたヘキサコードとなっている。これらの和音は長和音でも短和音でもない。逆にいうと、長調・短調という考え方は、非対称な音の構造に限ったときに現れてくるものであって、そればかりに目が行くと表現できる音楽の範囲が狭くなることに注意してほしい。

さて、こういう対称な和音はどういう響きがするのか。想像がつかない人は鍵盤を実際に押してみてほしい。最近はブラウザ上で鳴らせるソフトシンセがあるから、鍵盤をクリックしてもいいだろう。ここでは言葉だけで形容するが、虚無感、恐怖、あるいは力強さといった複雑さを内包する音である。

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なぜ対称な和音は不安なのか?

一部の人は対称な構造こそ安定していて美しいと考える。僕は正反対の考えだ。対称な構造は、各部位の役割が定まらないから落ち着かない。組織論でも似たようなものじゃないだろうか。営業と開発が両方できる人を2人雇ったとして、二人とも営業50%開発50%で働いてもらうのは、対応するお客さんや製品を分担していない限り非効率に見える。無個性な均等分割は成果物に対する貢献を評価するにあたっても、統計学でいう多重共線性が発生してしまい、人事評価が難しい。

さきほどのC major ドミソ の和音を見てほしい。この三角形は正三角形と違い、三種類の角度に区別がある。ドミソにしようがミソドにしようがソドミにしようが僕らはこれらの音の組み合わせを聴くとドという根音(root)を強く連想する。つまり角度が45°のところの頂点を強く意識させられるのだ。回転しようが鏡像を取ろうが、角度が45°の頂点は一つだ。角度に関する非対称性は各音の役割を決めるのである。ドがまず決まり、ミは調性(長調なのか短調なのか)を決める。そしてソはドとの共振を通して響きを豊かにする。

一方増五や減七の和音では、各音の間にこういう明確な役割分担がない。ぱっと減七の和音を聴いたときに、根音はCなのかEbなのかFbなのかAなのか分からない。長調として解釈すべきか、その鏡像を取った短調として解釈すべきか、無限に反転してもいつも同じで不明なままである。少なくとも、調性的な耳をもってこれらの和音を捉えた場合、rootの割当と鏡像の取り方で増五は3 \times 2=6, 減七は4 \times 2=8, 均等ヘキサコードは6 \times 2=12通りの解釈ができてしまう。

対称から非対称への進行

「いったん不安にさせてから安定へと落とすことで強いカタルシス、普通よりも高い安心感を与える」音楽の一つのパターンとしてお馴染みである。我々は作曲家に心の中を操られているわけだ。

major triadは安定しているが、ずっとこの音を聴いていると飽きる。そしてこの和音はドラマチックではない。ずっと安定しているのはつまらない。ドミソをとったらハ長調(C major scale)の中での展開くらいはできるがずっとハ長調になってしまう。ここから近親調: 例えばト長調(G major scale)やヘ長調(F major scale)に行くことはできるが、いきなり嬰ヘ短調(F# minor scale)に飛べと言われても安易にやるとガタガタしたスムースでない転調になってしまう。

しかし遠隔調への転調においては、平均律の濁り具合と対称な和音の曖昧性・不安定さは素晴らしいスパイスとして働く。たとえば調の解釈の曖昧性を利用して、減七の和音からは八通りものtriadに進行することができる。

8progressionsFromDim7th

図5. 減七和音から三和音への進行

この多様な進行のエッセンスは、「どの音を導音(leading tone)を見なすか」という解釈にある。導音は調性的な進行の肝であり、「半音上がって解決する」という性質をもつ。C Eb Fb A という4つの音があるとき、Cが半音上がってC# に解決するのか、Ebが半音上がってEに解決するのか、Fbが半音上がってFに解決するのか、Aが半音上がってBbに解決するのか、解決後のrootが4通り考えられる上に、もともとがmajorであったとみなすのかminorであったのかとみなすのかでモードが2種類考えられる。対称な和音は曖昧でどの調にも属しているということもできるし、どの調にも属さないとも言える。好きなところで音を挿入して「滑らかなのにがらりと曲調を変える」ことができる。

おまけ: 物理学における「自発的対称性の破れ」と関係がある!?

Wikipediaで自発的対称性の破れ という項目を見てみよう。

リンク先右側のポテンシャル図を見てみよう。真ん中の盛り上がった部分から見て世界は対称である。しかしこの盛り上がった部分は不安定で、特定の方向に少し撹乱が加わるだけでそちらの方向にずるずると落ち込んでしまう。特筆すべきは、落ち込んだポテンシャルの底から世界を見ると非対称なことだ。しかし底では安定している。非対称な構造の中でどれに落ちるかは不安定な初期値に依存する。

この現象は、対称な不安定和音に対して無理矢理に調性的な解釈の一つを選び(つまり、頂点のうちどこを動かすかが気まぐれで選ばれ)、major triad or minor triadに落ちつく進行と似ている。両者の類似が偶然なのか、もっと本質的なことがあるのか、物理学を修めていない著者には分かりかねる。世界の真理を知りたい人には面白い類似性だろうと思うし、こういう一見無関係な現象の類似性を見抜くことこそ、抽象化・モデル化のスタート地点なのである。

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投稿者: rikija

機械学習・認知科学・投資アルゴリズムの研究者。作曲家 (アマチュアですが鋭意努力中) Twitter: @rikija / https://twitter.com/rikija 論文実績等は https://sites.google.com/site/rikiyatakahashi/ を参照

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