老後もリスク・不確実性と向き合う

著者は2016年現在で30代後半でまだ働く期間がかなりあるが、自分の老後に関してはパラノイアかもしれない。老後の不安のせいで貯金ばかりしている人はしばしば笑い者にされたりする。著者に関して言うと外食にも旅行にもかなり散財しているので、貯蓄一点ばりの人とは違うのであるが(そもそも通貨単独はインフレにとても弱いからそれはそれで危険だ)、自分の資産総額と予定されている年金で果たして、引退後ひもじい思いをせずに生き残れるのか? という問題意識はよく反芻する。

どの先進国も高齢化に悩まされる中、労働者は好むと好まざるとに関わらず自分が現役で働ける期間を長くしていく必要がある。アーリーリタイアメント+資産運用という形を検討する人にとっては特に、そうでなくてもスキルの限界でリタイアせざるを得なくなる人もいるわけで、結局のところ老後の年金と資産運用は持つ人持たざる人双方にとって依然として大事である。年金の運用に関しては、著者の見る限り、米国や英国ではインターネット上の議論が日本よりも活発である。

米国・英国では確定拠出年金(401k)の運用方法が豊富であり、米国の場合、株式ブローカーでIndividual Retirement Accounts (IRAs) という口座を開くと、日本の確定拠出年金プランと比べても個別株の選定などかなり柔軟性のある取引を行うことができる。イギリスにもSelf-Invested Personal Pension (SIPP) Accounts というものがあって、望む人はかなり細かい取引ができるようだ。

  • 注意: 取引手段や回数の豊富さは必ずしも良いとは限らない。効率市場仮説の統計的検証結果など、投資上の基礎知識を身につけてこなかった老人にとっては与えられた選択肢の豊富さはむしろ害であり、無駄な取引を繰り返して手数料負けする危険性が高い
  • その観点で、インデックスファンドや投資信託が主なアセットクラスである日本の確定拠出年金口座は、無知な投資家を比較的保護していると言える

口座の充実を反映してか、英米では年金の運用方法に関するディスカッションも盛んである。専属のファイナンシャルアドバイザーを雇う文化も影響しているかもしれない。初歩で定番のテーマは株式と債券の割合をどれくらいにしたら良いのかというものだ。これに関して、多くの人にとって理解可能かつ面白い記事を最近目にした。

American Association of Individual Investors (AAII)の機関紙に掲載されたCraig Israelsen, Retirement Portfolio Survival: A 90-Year Study という、検証記事である。Disclosure: 著者は2016年現在、AAIIの会員である。

この記事によれば、老後であっても株式のウェイトを債券よりも高く維持しなければいけない。巷の風説では、若い時は株式を多く、年を取るに従って株式を減らして債券にシフトしていくべきとされているが、この過去90年間の統計と似たリターンの分布が将来にわたって続くと仮定した場合には株式の割合は半分を切るべきではない。

老後の資産運用は株式と債券で現金収入を生み出し、生活費のために取り崩すことの連続である。記事の要点は二つあって、

  1. 一年あたりの取り崩し金額を抑えることが、破産を避ける上でとても重要である。1%余計に引き出すと、複利効果のために破産確率は非線形にぐっと上がる
  2. 老後は安全資産にシフトして債券を増やすべきだという通説はあまり正しくなく、株式の割合を維持しないといけない

なぜこのような結論になるのかというと、長生きしすぎる事が経済的には大きなリスクだからである。予想外に長生きすると、債券の利息収入だけでは生活費をカバーできない。あるいはインフレに直面した年に急激に資産を減らしてしまう。グラフ化されている、90年間のそれぞれで資産運用開始した時の破産確率は注目する価値がある。

通説では株式はハイリスクハイリターンなアセット、債券はローリスクローリターンなアセットとされる。債券を金利に基づく時価ではなく簿価で買えた場合の話だが。しかしながら、年金運用の目的はリターンのボラティリティを減らす事ではなくて、破産を避ける事であるので、債券による低収入は立派なハイリスク要因なのである。

意外に捉える人もいるだろうが、お年寄りも株式でそれなりのリターンを稼がないといけず、そのためにはある程度のボラティリティを甘受する必要がある。貯めてきた年金総額が多ければ同じパーセンテージのボラティリティでも絶対額はかなり大きくなるだろう。認知能力の弱り始めた老人が大きなボラティリティに直面し続けた時に長期的に良い運用をできるとは思い難い。悲劇的事態を避けるには、金額が小さく失敗できる若い時からポートフォリオの組み方を訓練しておかなければいけないのである。そしてボケないよう、例えば有酸素運動を通して認知能力を維持するべきである。無知なまま老人になってからハイリスクな運用を行い、たまたま一年儲かった後に増やしたポジションで翌年大損を出すような事態を避ける必要がある。持たざる者の人生は資本主義社会ではまことにハードだ。

問われているのは二つの異なるタイプのリスクの間でバランスを取ることである。債券のせいで総資産が絶対的に不足するリスクと、株式の運用が失敗して総資産が目減りするリスクである。この計算を全ての老人個人にやらせるのはおそらく酷で、プロに運用させて人に任せるシステムの方がパターナリスティックではあるが社会全体では望ましいだろう。行動経済学で著名なRichard Thalerが進めるNudgeのように、デフォルトは代理人による運用で、相応の金融リテラシーテストに合格した人は自己責任で運用も選べるような仕組みがベストではないかと思う。

老後のキャッシュフロー生成には他にも持ち家を取り崩すリバースモーゲッジや、あるいは飲食店などのsmall businessを死ぬまで続けるという方法もある。リバースモーゲッジは日本でも最近宣伝を見かけた。株式+債券の運用よりもそちらが良いケースも十分あり得る。昨年redditのディスカッションにNassim Nicholas Talebが登場した時には、彼は引退後のキャッシュフロー生成にはsmall businessへの集中を勧めていた。ほとんどの金融取引に関する統計は、テールリスクを過小評価しているためである。この点に関して著者はNNTに同意する。90年間のシミュレーションも経験分布であって真の分布ではないことを忘れないで欲しい。一方で日本に限定して言うと、人口が今後もコンスタントに減っていく割に飲食店などはすでに供給過剰で価格競争が激しすぎるので、small businessを引退後のサラリーマンに勧められるかは著者は疑問符をつける。

運用に関して、年金行政に携わる人はどのように考えているのか、機会があったら聞いてみたいものである。全ての投資家がbeat marketすることは定義によって出来ないので、年金運用はbe the market を目指すのが基本であると思うが、そのmarketが一体どれくらいのリターンをもたらしてくれる前提で将来に備えているのだろうか。

 

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投稿者: rikija

機械学習・認知科学・投資アルゴリズムの研究者。作曲家 (アマチュアですが鋭意努力中) Twitter: @rikija / https://twitter.com/rikija 論文実績等は https://sites.google.com/site/rikiyatakahashi/ を参照

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